とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 文也と食事して数週間。美帆はスマホを見ながらベッドの上で唸った。

「……なんだか文也さんが変」

 考えているのは他でもない。恋人の文也のことだ。

 やっと仲直りできたと思ったのだが、あれから文也の様子が変わっているような気がした。

 以前はもっと気安くて冗談を言えるような楽しい関係だったのに、最近の文也はどこか距離を置いているように見える。

 話していてもぼうっとしているし、手も繋いで来ない。キスもしない。もちろん、それ以上のことも。

 ────どうして? 私のこと好きって言ってたよね? 前の文也さんはもっと積極的だったのに。

 よからぬことばかり考えてしまう。もう自分に飽きてしまったのだろうか。やっぱりあれは嘘だったのか。一人でいるとそんなことばかりが頭に浮かんだ。

 いや、もう嘘はつかないと言ったのだ。嘘ではないはずだ。

 だが、なぜだろう。文也に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。心当たりがなかった。

「……はっ。もしかして、文也さん焦らしプレイが好きとか……いやいや、そんなまさか」

 考えていても埒があかない。美帆は文也に電話をかけてみることにした。

 夜の十時だ。ひょっとしたら仕事しているかもしれないが、会社にいても一人だろう。

 通話ボタンを押して1コール、2コール────。ピッタリ3コール目で出た。まるで仕事の電話みたいだ。

『もしもし? 美帆?』

「あ……文也さん。今大丈夫ですか?」

『うん。会社やけど別にええよ。どしたん?』

「ちょっと、話したくなって」

『話? なんかあったん?』

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……なんとなく」

 若干の間のあと、電話の向こうで笑う声がした。

「え? なんか変なこと言いました?」

『いや……ちゃうねん。嬉しかっただけ』

「そ……そうですか」

『電話越しやとなんか勿体無いな。そっち行きたいところやけど────」

 ────来たらいいじゃない。美帆は喉から出かかった声を押し留めた。自分の方から誘うなんて出来ない。

『────いや、やっぱやめとくわ、もう遅いしな』

「そう、ですか。そうですね。文也さんも疲れてるでしょうし……早く帰って休んだ方がいいですよ」

「ああ。もう少ししたら帰るわ』

「夜分にすみませんでした。おやすみなさい」

 通話ボタンを切って、再びベッドに寝転ぶ。気分はさっきよりもモヤモヤしていた。

 文也はただ単に疲れていただけなのだろうか。それとも時間が遅いからなのだろうか。前だったらちょっと待ってて、とか言って会いに来てくれたのに本当に変だ。

 また嫌なことが頭に浮かぶ。

 もしかして、文也さんは謝罪のために私と一緒にいるのではないだろうか、と。

 騙して迷惑をかけたことで後味悪いから、アフターフォローしている。一応取引先の女性だから、無下にできなかった────それだけなのではないか。

 ────本当は私のことなんて好きじゃなかったんじゃないの……?
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