とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
「どうしたのよ。津川さんのことで相談って」

 沙織は運ばれて来たばかりのジンジャエールを口にしながらテーブルに肘をついた。

 仕事帰り、美帆は沙織を誘って夕食に出掛けた。あれ以降やっぱり文也の様子は変わらなくて、不安が爆発しそうで誰かに聞いて欲しかった。

 とりあえず、ここ最近のことを報告した。客観的に見れば文也の気持ちがわかるのではないかと思った。

「はーん、なるほどね。津川さんがそっけないと……」

「もともとドライな人じゃなかったから、なんか不安なの」

「でもさ、同情でそばにいるのは違うと思うよ? だってそんなことしたら余計に墓穴掘りそうだし」

「でもそれ以外考えられないんだもの」

「聞いてみたら?」

「聞けないよそんなこと」

「うじうじしちゃって……仕事の時みたくビシッとバシッと当たって砕けろよ!」

「いや、砕けたら駄目でしょ……」

「たとえばどういうところが変わったの? 話し方? 口調?」

 別に文也の態度がひどく変わったかといえばそうではない。相変わらず優しいし、話も楽しい。ただ、あえて言うなら────。

「……下品さが消えた?」

「……それ、褒めてるの? (けな)してるの?」

 過去のことを振り返ると、文也はどちらかといえばベタベタしたがりな方だった。一歳だが年下だし、甘えん坊なところがあって、そこが可愛いと思っていた。ドライなのは自分の方だったはずだ。

 ところが最近の文也はキスもしなければ手も繋いで来ないし、家にも来たがらない。例えるなら、小学生のようなデートだ。

 だが、自分たちは小学生などではない。れっきとした大人だ。

「いいじゃない。下品さが消えて誠実な人になったんだから」

「でも、キスもそれ以上もしないなんてなんだか変よ」

「性生活に不満があるとか」

「ええっ」

「冗談よ。津川さんの場合ハッキリしてるから思ったことは言うと思うし、そこは気にしなくていいんじゃない?」

「でも、どうしよう。私全然女子力ないし、本当にそうかもしれない」

「違うと思うけど……そんなに気になるなら可愛い下着でも買ってアピールしたら? 男なんて単純だからすぐ飛びつくって」

 ────それが出来たら苦労しないよ!

 せっかく沙織に相談したものの余計に悩みが複雑化してしまった気がする。やはり正面から聞くしかないのだろうか。
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