とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第22話 元カレなんて知りません
春が終わった。藤宮コーポレーションも新年度を迎え、社員達は慌ただしく動き始めた。
美帆は相変わらず秘書課で働いている。「ベテランの風格ね」なんて社長に言われるぐらいには慣れてきていた。
もともとヘルプとして入った秘書課だが、もう少ししたら青葉が戻ってくる。と言っても出勤日数が多少増えるぐらいだが────だが、そうすれば受付の業務にも少しは戻れるようになる予定だ。
美帆は仕事が終わったあと、文也と一緒に街へ繰り出した。
ぶらぶら当てもなく歩きながら他愛無い話をする。それでも十分楽しかった。
「あ、文也さん。ここ覚えてますか?」
美帆はとある雑居ビルを見上げた。文也も同じようにビルを見るがなかなか思い出せないようだ。だが少しして、思い出したように声を上げた。
「思い出した。美帆が男とデートしてた店やんな」
「うっ……そう来ましたか。でもまあ、正解です」
まさかそう答えるとは思わなかった。美帆にとっては文也と初めて会った店だが、文也の印象はそうらしい。
「入る? 美帆、行きたいんやろ」
「え、でも文也さんはいいんですか」
「俺は別に気にしてへんよ。過去の男のことなんて気にしてもしゃーないしな。ま、いまだに連絡取ってたら怒るけど」
「そんなわけないじゃないですか。行きましょう」
二人は懐かしいビルに足を踏み入れた。
店は変わっていなかった。内装も店員もそのままだ。美帆と文也はあの時と同じ席に座った。ちょうど空いていたのでラッキーだと思った。
酒を頼み、辺りを見回す。あれからたいして経っていないのに懐かしさを感じた。だが、あの時とは確実に違うものがある。
「なんか懐かしいな」
文也はしみじみと言った。
「本当、お互い最悪の印象でしたね」
「……根に持ってるやろ。まあ、俺が悪いんやけど。そういえば、あの男とはどうなったん?」
「え? うーん、いつからか連絡取らなくなっちゃって……自然消滅みたいな感じですね」
「感じの悪い男やなかったけどな」
「まぁ、あの時は文也さんの言う通りだと思いました。悪い人じゃなかったんですけど、私も無理しちゃってあんまり楽しくなかったですし、そういう人とは結局続かないんですよね」
「ちょっと聞いてもええ?」
「なんですか?」
「今までどれぐらいの男と付き合ったん?」
数のことだろうか。文也は真顔だ。からかっているわけではないらしい。
だが、現在の恋人に聞かれると答えづらい質問だ。美帆はどう言おうか迷った。
「なんでそんなこと聞くんですか」
「気になるから」
ちょっとデリカシーがないが、言葉の通りなのだろう。別に教えたところで減るものでもないし、美帆は気にしないことにした。
「二人です。高校の時に一人と、大学の時に一人。別に百人斬りなんてしてないですよ」
「いや……ごめん。悪気はなかってん。ただ、美帆は可愛いし彼氏がおれへんようには見えへんかったから」
そう見えないとよく言われるが、実際大学の時の彼氏と別れてからは誰とも付き合わなかった。合コンも行ったし紹介で食事することやダブルデートをしたこともあるが、どれもうまくいかない。相性があるのだろう。
だが、数ヶ月前は焦りすぎて自分の性格に問題があるのだとプレッシャーに感じていた。あの時は一生独り身かもしれないと嘆いていたが、そうではなかった。単に気が合う人間に巡り会えなかっただけなのだ。
────そういえば、あの人元気にしてるかなあ。
「美帆は……俺を好きになってよかったと思ってる?」
「どうしたんですか急に」
「……俺、美帆のこと騙したやろ。嫌な思いもさせたし、俺みたいなのが彼氏で不安になれへんかなと思って」
文也は突然しょぼんとして項垂れた。お酒を飲んで本心が出たのだろうか。
美帆はなんだか嬉しくなった。文也は本当に自分のことを真剣に考えてくれているのだと思った。
出だしは最悪なスタートだったが、それでも後悔はしていない。今こうして一緒にいるのは、文也のことが好きだからだ。結果的には、あの時間も必要だったのではないだろうか。
「文也さん可愛い。そういうところ、好きです」
「……俺、真面目に言ってるんやで」
「はい。私も真面目ですよ」
そう答えると、文也は幾分かほっとしたのか表情を和らげた。
そう、今は今だ。自分たちはあの時より進んでいる。過去は大事だが、今の方がもっと大事だ。
美帆は相変わらず秘書課で働いている。「ベテランの風格ね」なんて社長に言われるぐらいには慣れてきていた。
もともとヘルプとして入った秘書課だが、もう少ししたら青葉が戻ってくる。と言っても出勤日数が多少増えるぐらいだが────だが、そうすれば受付の業務にも少しは戻れるようになる予定だ。
美帆は仕事が終わったあと、文也と一緒に街へ繰り出した。
ぶらぶら当てもなく歩きながら他愛無い話をする。それでも十分楽しかった。
「あ、文也さん。ここ覚えてますか?」
美帆はとある雑居ビルを見上げた。文也も同じようにビルを見るがなかなか思い出せないようだ。だが少しして、思い出したように声を上げた。
「思い出した。美帆が男とデートしてた店やんな」
「うっ……そう来ましたか。でもまあ、正解です」
まさかそう答えるとは思わなかった。美帆にとっては文也と初めて会った店だが、文也の印象はそうらしい。
「入る? 美帆、行きたいんやろ」
「え、でも文也さんはいいんですか」
「俺は別に気にしてへんよ。過去の男のことなんて気にしてもしゃーないしな。ま、いまだに連絡取ってたら怒るけど」
「そんなわけないじゃないですか。行きましょう」
二人は懐かしいビルに足を踏み入れた。
店は変わっていなかった。内装も店員もそのままだ。美帆と文也はあの時と同じ席に座った。ちょうど空いていたのでラッキーだと思った。
酒を頼み、辺りを見回す。あれからたいして経っていないのに懐かしさを感じた。だが、あの時とは確実に違うものがある。
「なんか懐かしいな」
文也はしみじみと言った。
「本当、お互い最悪の印象でしたね」
「……根に持ってるやろ。まあ、俺が悪いんやけど。そういえば、あの男とはどうなったん?」
「え? うーん、いつからか連絡取らなくなっちゃって……自然消滅みたいな感じですね」
「感じの悪い男やなかったけどな」
「まぁ、あの時は文也さんの言う通りだと思いました。悪い人じゃなかったんですけど、私も無理しちゃってあんまり楽しくなかったですし、そういう人とは結局続かないんですよね」
「ちょっと聞いてもええ?」
「なんですか?」
「今までどれぐらいの男と付き合ったん?」
数のことだろうか。文也は真顔だ。からかっているわけではないらしい。
だが、現在の恋人に聞かれると答えづらい質問だ。美帆はどう言おうか迷った。
「なんでそんなこと聞くんですか」
「気になるから」
ちょっとデリカシーがないが、言葉の通りなのだろう。別に教えたところで減るものでもないし、美帆は気にしないことにした。
「二人です。高校の時に一人と、大学の時に一人。別に百人斬りなんてしてないですよ」
「いや……ごめん。悪気はなかってん。ただ、美帆は可愛いし彼氏がおれへんようには見えへんかったから」
そう見えないとよく言われるが、実際大学の時の彼氏と別れてからは誰とも付き合わなかった。合コンも行ったし紹介で食事することやダブルデートをしたこともあるが、どれもうまくいかない。相性があるのだろう。
だが、数ヶ月前は焦りすぎて自分の性格に問題があるのだとプレッシャーに感じていた。あの時は一生独り身かもしれないと嘆いていたが、そうではなかった。単に気が合う人間に巡り会えなかっただけなのだ。
────そういえば、あの人元気にしてるかなあ。
「美帆は……俺を好きになってよかったと思ってる?」
「どうしたんですか急に」
「……俺、美帆のこと騙したやろ。嫌な思いもさせたし、俺みたいなのが彼氏で不安になれへんかなと思って」
文也は突然しょぼんとして項垂れた。お酒を飲んで本心が出たのだろうか。
美帆はなんだか嬉しくなった。文也は本当に自分のことを真剣に考えてくれているのだと思った。
出だしは最悪なスタートだったが、それでも後悔はしていない。今こうして一緒にいるのは、文也のことが好きだからだ。結果的には、あの時間も必要だったのではないだろうか。
「文也さん可愛い。そういうところ、好きです」
「……俺、真面目に言ってるんやで」
「はい。私も真面目ですよ」
そう答えると、文也は幾分かほっとしたのか表情を和らげた。
そう、今は今だ。自分たちはあの時より進んでいる。過去は大事だが、今の方がもっと大事だ。