とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 昼休憩を終えると、総合受付は美帆と瀬奈だけになった。人は少なくなって落ち着いたが、代わりに書類を届けに来た沙織が鼻息荒く話しかけて来た。

「聞いたわよ〜美帆! 元彼が訪ねて来て修羅場だったんだって?」

「だいぶ話が湾曲してるけど……」

 美帆はため息をついた。おおかた詩音か瀬奈が喋ったのだろう。まったく噂好きな受付嬢には困ったものだ。

「元カレっていうのは合ってるけど、別に修羅場とかじゃないって。向こうは中途採用試験受けに来ただけで、私がいるとは思ってなかったみたい」

「付き合ってたっていつの話?」

「大学の頃よ。言っておくけど、別に私はなんとも思ってないんだから。向こうの卒業と同時に別れたし、何年も経ってるからもう未練も何もないよ」

「でも、向こうはそうじゃないんじゃない? 昔好きだった彼女がいる職場にわざわざ入るって────」

「ストップ。妄想はやめて。良樹はそんな人じゃないから」

 美帆を振ったのは良樹の方だった。それに先に卒業した良樹は美帆の就職先のことなど知らないはずだ。

 美帆も最初の方こそ悲しんだが、嫌われたわけではなかったので傷は浅かった。数年も経てば綺麗に忘れて、青春は呆気なく去った。

 恐らく良樹もそうだろう。本当に好きだったら一緒にドイツに来いとかいうはずだ。

「でも、同じ職場に元彼がいるって知ったら津川さんは嫌なんじゃない?」

「……それはそうかもしれないけど、まだ受かるって決まったわけじゃないし。藤宮の中途試験かなり厳しいから落ちる可能性の方が大きいよ」

「でも、ここを受けようと思ったぐらいだから賢いんじゃないの?」

 確かに良樹は賢かった。外国語も堪能だし馬鹿ではない。改めて考えると受かる可能性の方が大きい。

 だが、だとしても関係ない。今の自分の恋人は文也だ。終わった恋など興味なかった。
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