とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 美帆が受付勤務の日が増えてくると、必然的に良樹と顔を合わせることが増えた。

 と言っても、良樹も美帆も仕事中なので大学の頃のようにお喋りばかりしているわけではない。お互い仕事に集中している。

 良樹は本当に元カノの美帆のことを気にしていないようだった。彼にとっても既に過去の人なのだろう。

 ────それより、文也さんと例の秘書の女の子はどうなんだろう。

 受付にいるとつい考えてしまう。文也はよく会社に来るし、その時秘書も連れてこないだろうか。そうするとその秘書を見てしまうことになる。

 顔を合わせれば嫌でも覚えてしまうだろう。妬きたくもないないヤキモチを妬いてしまうだろうし、意地を張ってまた文也に八つ当たりしてしまうかもしれない。

「ため息なんてついてどうしたの。あ、元カレのことで悩んでるの?」

「違うよ。文也さんのこと」

「なに? 喧嘩でもしたの?」

「文也さん、秘書を雇ったんだって」

「……へえ、それはまた難敵ね」 

 せめて同じ会社の事務員とかだったら良かったのだが、よりによって秘書だ。自分が同じ仕事をしているだけにその女性がどんな行動を取るか手に取るようにわかってしまう。

 頭の中で文也とその秘書がイチャイチャし始める。

『俺彼女がおったけど……やっぱり花子(偽名)の方が若いし愛いしええわ。お前と付き合うことに決めた』

『嬉しい! 文也さん……!』

 ────って、妄想やめやめ! 文也さんはそんな人じゃないんだから!

 まだ決まっていない。大体文也は自分で女には厳しいと言っていたし、簡単にはなびかないはずだ。その秘書が仮に可愛くて仕事ができたとしても、それとこれとは別だ。

「そんな美帆に悪いけど、応接室の予約入ったよ。お相手は津川フロンティア。これ、津川さん来るやつじゃない?」

「……え?」

「修羅場の予感ね」

 美帆はごくりと息を飲み込んだ。パソコン画面に映る予約リストには担当者と津川フロンティアの名前が書いてある。

「……沙織、私中受付と交代していい……?」

「なに弱気なこと言ってるの。私の男に手え出すんじゃないわよ! ぐらい言わないと!」

「それはドラマの中だから面白いんであって現実で起きたら事件だよ! 私これ以上変な噂されたくない!」

「尻込みすぎだって。浮気してるわけじゃないんだし、向こうは仕事なんだから」

「そんな……」




 応接室の予約時刻十五分前。エントランスの自動扉から入ってきた人物を見て、美帆は臨戦態勢────受付嬢スマイルで出迎えた。

 文也の隣にいる女性は割と小柄な女性だった。歳は二十代前半に見える。髪は後ろで一つくくり、いかにも新卒っぽいスーツを着て、なんだか初々しい。

 二人はまっすぐ受付に向かってきた。美帆の体が強張る。

「こんにちは、《《津川社長》》」

「そんなにかしこまらんでええのに」

「その方が前に仰っていた方ですか」

 なんて、いかにも自分は文也と親しいんだアピールをしてしまう。くだらない見栄だ。美帆は自分が情けなかった。

「ほら、古谷。挨拶」

「こんにちは。この度秘書として働くことになりました古谷と申します」

 古谷は受け取りたくもない名刺をスッと差し出した。美帆は笑顔で受け取った。

 古谷瑠美。美帆は一瞬で頭に名前をインプットしてしまった。

「こちらこそ、津川フロンティア様にはいつもお世話になっております。私は受付担当の杉野、そしてこちらが吉川と申します」

 美帆は沙織の視線が突き刺さるのを無視して丁寧に紹介した。古谷はニコニコしながら話を聞いている。

「では津川様。担当の吉井が参りますのであちらでお待ちください」

 近くのソファに案内し、さっさとこの場を切り抜けようと企んだ。

 意外にも、文也はすんなりと受付を離れた。さすがに新人社員がいる手前、いつものようには振る舞わないようだ。

 対応は終わったものの、美帆はソファに座った二人が気になった。

 チラチラと横目で二人がいる方向を眺める。後ろ姿しかわからないが、二人は仲良さそうに喋っているようだった。

 ────ちょっと距離近くない? でも、前に来た事務の人もあんな感じだったような……。

「みーほ。気になるなら話し掛けてきたら?」

「そんなこと出来るわけないじゃない」

「大丈夫だって。若いけどそこまで美人ってわけでもないし、気にすることないよ」

「そうかなぁ……」

 その時、二人が同時に振り返った。美帆の視線は見事に二人とかち合った。だが、二人はすぐに視線を戻してしまう。

 ────なに? なんで二人してこっちを見てたの?

 美帆はムッとした。なんだか感じが悪いと思った。

 もしかして、二人で自分の悪口でも言っているのだろうか。さっきした妄想の続きが頭の中で再生される。

『あれが俺の今の彼女やねん』

『なんだ、私の方が若くて可愛いじゃないですか』

『そうやな。やっぱりどう考えてもお前の方が────』

 ────やっぱり、若くて可愛い子の方がいいの? 三十路なんかお呼びじゃないって?

 嫌な妄想が加速する。目の前で浮気シーンを見てしまったような気分だ。

 その後も来客が何人か続いて、その間に二人は応接室に行ったらしい。姿が消えていた。

 だが、美帆はまるで落ち着かなかった。自分の知らないところで二人が仲良くしていると思うと、どうしようもなく悲しい気持ちになった。
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