とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
金曜の夜、美帆は中村と六本木で待ち合わせをした。
驚かせたいと言って中村は店を教えてくれなかったので、何かサプライズを用意しているのかとワクワクした。
しかしいざ店に着いた時、美帆は数日前にした自分の選択を後悔した。
「な、中村さん。あのう、ここって……」
「同僚に教えてもらったんです。予約してますから、どうぞ」
中村は笑顔で促した。応えないわけにはいかなかった。
『La vianta』。来たことはないが、名前ぐらいは知っていた。本場のスペイン料理を味わえる都内でも有名なレストランだ。
名前を知っていたのは、忘年会の場所に名前が上がったからだ。だが、結局予算の関係で無しになった。コース料理は安いものでも一万はかかる。
落ち着いた店内。品のいいスタッフ。西麻布にある店だ。想像ぐらいすべきだった。
「……中村さんはこういうお店がお好きなんですか?」
「いえ、普段はこういうお店には来ません。でも、女性はこういうところが好きだと聞いたので。杉野さんの方が慣れてるかもしれませんね」
────私もこんな店来ませんが。
言葉をグッと飲み込み、美帆は笑顔を浮かべた。スマイル百パーセントだ。せっかく中村が選んでくれた店だ。楽しまなければ無駄になってしまう。
高いだけあってスタッフの対応は完璧だった。店内の雰囲気もいい。確かに女性ウケしそうな店だ。
しかし、これではまるで仕事の延長だ。いつまでこの笑顔を張り付けていなければならないのだろうか。
気心知れた相手とならまだしも、まだ仲良くなっていない中村とこんなガチガチの店に来るなんて、何かの試練だろうか。
「中村さんは、普段お休みはどんなことするんですか?」
「僕は……家の掃除とか、本読んだり、たまに友達と釣りに行ったりします」
「のんびり過ごすことが多いんですね。釣りって楽しいですか? 私行ったことがなくて」
「楽しいですよ。でもハマると色々買いそうなので、今は友達の竿借りて我慢してます。杉野さんはお休みの日はなにを?」
「私は……」
美帆の休日は割とダラダラしている。普段規則正しい生活をしているため、オフぐらいは休みたかった。
寝転びながらドラマを見たり、スマホでゲームしたり、割とインドアだ。誘われれば出掛けるが、買い物はなるべき平日の会社帰りに済ませるようにしていた。
「えっと、映画を見たりしてます」
「へえ、いいですね。僕も映画は好きです」
なぜ嘘をついてしまったのだろうか。なんとなく、中村には言えなかった。こんな高級な店を選んでもらったのに、「私は割とダラダラした人間ですよ」なんて言うと、がっかりされるような気がした。
「すみません、ちょっと失礼します」
美帆は席を立ってパウダールームを探した。別にお手洗いに用事はない。ただ、なんとなく気分を変えたかった。
豪奢なパウダールームは貸切だ。他には誰もいない。けれどなんとなく落ち着かない。
「……こんな場所が似合う女だと思われてるってことよね」
ため息がまた一つ溢れる。だが、詩音に言われた言葉を思い出した。
「隙」がないからこんなイメージを張り付けられるのだろう。実際の自分は缶チューハイを片手に寝転んでテレビを見ているような女だが、みんな仕事をしている姿しか知らない。
けれど、今更素の自分を出したところで引かれるような気がした。
──癪だけど、あの関西弁男が言ってたことは合ってたのかも。
恐らく、中村も本来はこういう品のいい場所が好きなのだろう前回のデートは自分が連れて行った場所だからなにも言わなかったが、本当は驚いていたのかもしれない。
戻るのが気まずいが、このまま放置もできない。
ようやくパウダールームから出た時だった。美帆はあっと驚いた。
驚かせたいと言って中村は店を教えてくれなかったので、何かサプライズを用意しているのかとワクワクした。
しかしいざ店に着いた時、美帆は数日前にした自分の選択を後悔した。
「な、中村さん。あのう、ここって……」
「同僚に教えてもらったんです。予約してますから、どうぞ」
中村は笑顔で促した。応えないわけにはいかなかった。
『La vianta』。来たことはないが、名前ぐらいは知っていた。本場のスペイン料理を味わえる都内でも有名なレストランだ。
名前を知っていたのは、忘年会の場所に名前が上がったからだ。だが、結局予算の関係で無しになった。コース料理は安いものでも一万はかかる。
落ち着いた店内。品のいいスタッフ。西麻布にある店だ。想像ぐらいすべきだった。
「……中村さんはこういうお店がお好きなんですか?」
「いえ、普段はこういうお店には来ません。でも、女性はこういうところが好きだと聞いたので。杉野さんの方が慣れてるかもしれませんね」
────私もこんな店来ませんが。
言葉をグッと飲み込み、美帆は笑顔を浮かべた。スマイル百パーセントだ。せっかく中村が選んでくれた店だ。楽しまなければ無駄になってしまう。
高いだけあってスタッフの対応は完璧だった。店内の雰囲気もいい。確かに女性ウケしそうな店だ。
しかし、これではまるで仕事の延長だ。いつまでこの笑顔を張り付けていなければならないのだろうか。
気心知れた相手とならまだしも、まだ仲良くなっていない中村とこんなガチガチの店に来るなんて、何かの試練だろうか。
「中村さんは、普段お休みはどんなことするんですか?」
「僕は……家の掃除とか、本読んだり、たまに友達と釣りに行ったりします」
「のんびり過ごすことが多いんですね。釣りって楽しいですか? 私行ったことがなくて」
「楽しいですよ。でもハマると色々買いそうなので、今は友達の竿借りて我慢してます。杉野さんはお休みの日はなにを?」
「私は……」
美帆の休日は割とダラダラしている。普段規則正しい生活をしているため、オフぐらいは休みたかった。
寝転びながらドラマを見たり、スマホでゲームしたり、割とインドアだ。誘われれば出掛けるが、買い物はなるべき平日の会社帰りに済ませるようにしていた。
「えっと、映画を見たりしてます」
「へえ、いいですね。僕も映画は好きです」
なぜ嘘をついてしまったのだろうか。なんとなく、中村には言えなかった。こんな高級な店を選んでもらったのに、「私は割とダラダラした人間ですよ」なんて言うと、がっかりされるような気がした。
「すみません、ちょっと失礼します」
美帆は席を立ってパウダールームを探した。別にお手洗いに用事はない。ただ、なんとなく気分を変えたかった。
豪奢なパウダールームは貸切だ。他には誰もいない。けれどなんとなく落ち着かない。
「……こんな場所が似合う女だと思われてるってことよね」
ため息がまた一つ溢れる。だが、詩音に言われた言葉を思い出した。
「隙」がないからこんなイメージを張り付けられるのだろう。実際の自分は缶チューハイを片手に寝転んでテレビを見ているような女だが、みんな仕事をしている姿しか知らない。
けれど、今更素の自分を出したところで引かれるような気がした。
──癪だけど、あの関西弁男が言ってたことは合ってたのかも。
恐らく、中村も本来はこういう品のいい場所が好きなのだろう前回のデートは自分が連れて行った場所だからなにも言わなかったが、本当は驚いていたのかもしれない。
戻るのが気まずいが、このまま放置もできない。
ようやくパウダールームから出た時だった。美帆はあっと驚いた。