とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 文也はそのまま美帆が上がるのを待った。

 約束は敢えてしなかった。昼間のそっけない返事からやり取りが進んでいない。突然来て、驚かせるつもりでいた。

 美帆が秘書課勤務の日は遅い日もたまにあるし、確実に定時で上がるとは限らない。だが、どうしても確かめずにはいられなかった。

 会社の外で待つこと三十分。美帆は出てきたが、一人ではなかった。

 美帆の隣にいたのは以前会ったあの男────瀬尾だ。

 その時、文也の頭にある考えが浮かんだ。

 そう言えは、美帆は瀬尾のことを呼び捨てにしていた。大学の先輩だ。呼び捨てはおかしい。いくら美帆がフランクな性格だったとしても、大学の先輩を呼び捨てにするとは思えない。

 考えられることはただ一つ。瀬尾が美帆の元カレだということだ。

 瀬尾は中途採用者だと言っていた。つまり、そういうことだ。

 あの時は怒り狂って頭の中が真っ赤だったのに、今は頭の中が真っ白だ。瀬尾に掴みかかる元気もない。二人は仲よさそうに喋ってどこかへ歩いていく。

 ────まさか、ホテルに行くんちゃうやろな……。

 だが、二人は駅の出入り口のところで手を振って別れた。文也はとりあえず安心したが、全く落ち着かなかった。

 瀬尾は一体どういうつもりだろう。なぜ突然美帆に近付いたのだろうか。藤宮に入社したのは美帆に会うためなのだろうか。

 そして、どうして美帆もそんな瀬尾を受け入れるのだろう。元カレが突然同じ会社に入ったら不思議に思うはずだ。

 しかも、二人の関係は良好に見える。

 美帆は瀬尾のことが好きになってしまったのだろうか。自分がほったらかしにしたから? そんな薄情な女性じゃないはずだ。

 それとも、やはり許せていなかったのだろうか。騙したことが尾を引いていたのかもしれない。

 信頼を築けるよう努力したつもりだった。完璧ではなかったかもしれないが、自分なりに努力した。想いは少しもすり減っていない。

「美帆────」
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