とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
結婚のこととなら既婚者に相談するのが一番だからと、美帆はランチついでに沙織に相談してみることにした。
結婚して一年に満たないが、メリットデメリットくらいある程度わかるはずだ。
「やったじゃない! よかった、私のせいで二人が破局とかにならなくて」
結婚のことを伝えると、沙織は手放しで喜んでくれた。
「その節はどうも。あ、今日のランチは沙織が奢ってね。約束なんだから」
「分かったわよ。それで、いつ式するの? 入籍は?」
「そんなのまだ先の話だよ。私が聞きたいのは結婚生活のこと」
「プロポーズされたんじゃなかったの?」
あれを正式なプロポーズと言っていいものだろうか。考えてとは言われたが、しようと言われたわけではない。
「私は結婚したいのか聞かれただけだよ。多分、プロポーズじゃない」
「なぁんだ。てっきりされたんだと思ったじゃない。でも、津川さんはしたいんでしょ?」
「そうみたいなんだけど……」
「なら私もしたいですって言ったらいいじゃない。相手がやる気のうちに言わないと、気が変わったらどうするの」
「気が変わるような決意なら最初から結婚なんてできないよ」
「……それもそうか」
「だから、沙織に聞きたいの。結婚して楽しいかとか、ここが嫌だとか」
「あのねえ、そんなこと聞いてどうするの。まずは美帆の気持ちでしょ? 津川さんと結婚したくないの?」
「それは、したいけど……あんまり想像できなくて」
「ならもっと一緒にいることね。けどあえてアドバイスするなら……暴力男はダメ。あと、車運転した時キレる男はダメ。あとは……お金の使い方とか、とにかく価値観が合うか見てみること。あとは向こうの家族とうまくやれるかとか」
向こうの家族────。それはすなわち、津川家だ。
津川商事の社長は文也の父親だ。兄はその下で補佐をしているという。母親のことは聞いたことがない。だが、一つ言えることは印象が最悪だということだ。
数ヶ月前のあの事件の犯人は元を辿れば津川社長だ。おまけに美帆に罪をなすり付けようとした、いわば美帆にとっては苦い記憶の相手。そんな人間が義家族。考えるだけで頭が痛い。
「……文也さんは家族と折り合いが悪いみたいなの。それに向こうもきっと、私のことよく思ってないと思う」
「津川さんの実家って確か大阪よね? 長男じゃないし跡取りじゃないなら一緒に住むこともないんじゃない? 津川さんはこっちで仕事してるんだし、相手の実家が遠いなら会っても正月とはお盆だけとか、その程度よ」
「そもそも、結婚すること自体向こうの家族は知らないんじゃないかな……文也さんが言ってるとは思えないし」
「ストップ! 嫌な想像してたらキリがないよ。もっと楽しいこと考えなさい」
「楽しい想像、ねえ?」
「新婚旅行とか結婚式とか、女なんだし一生に一度なんだから、そんな眉間に皺寄せてちゃだめ」
「うん……」
「美帆は深刻に考えるところがあるから。不安ならちゃんと津川さんに話してみたら? それか同棲するって手もあるしね」
思えば、結婚に対して楽しい想像をしたことはあまりないかもしれない。
良樹と別れてからは誰とも付き合わなかったし、意識したこともない。ただ漠然と焦ってばかりで、楽しいことなど考えられなかった。自分も早くしなければ。相手を見つけばければと、想像する余裕もなかった。
文也と結婚したら楽しいだろうか。多分、楽しいと思う。色々なことがあったが、文也は本当に自分のことを大事にしてくれていると感じるし、それはきっと変わることはないと思う。
美帆はその未来を想像してみた。不安がないわけではない。結婚なんてしたことがないし、失敗したくない。
だが、文也の隣で笑っている自分を想像すると、ほんの少し楽しそうだと思えた。
結婚して一年に満たないが、メリットデメリットくらいある程度わかるはずだ。
「やったじゃない! よかった、私のせいで二人が破局とかにならなくて」
結婚のことを伝えると、沙織は手放しで喜んでくれた。
「その節はどうも。あ、今日のランチは沙織が奢ってね。約束なんだから」
「分かったわよ。それで、いつ式するの? 入籍は?」
「そんなのまだ先の話だよ。私が聞きたいのは結婚生活のこと」
「プロポーズされたんじゃなかったの?」
あれを正式なプロポーズと言っていいものだろうか。考えてとは言われたが、しようと言われたわけではない。
「私は結婚したいのか聞かれただけだよ。多分、プロポーズじゃない」
「なぁんだ。てっきりされたんだと思ったじゃない。でも、津川さんはしたいんでしょ?」
「そうみたいなんだけど……」
「なら私もしたいですって言ったらいいじゃない。相手がやる気のうちに言わないと、気が変わったらどうするの」
「気が変わるような決意なら最初から結婚なんてできないよ」
「……それもそうか」
「だから、沙織に聞きたいの。結婚して楽しいかとか、ここが嫌だとか」
「あのねえ、そんなこと聞いてどうするの。まずは美帆の気持ちでしょ? 津川さんと結婚したくないの?」
「それは、したいけど……あんまり想像できなくて」
「ならもっと一緒にいることね。けどあえてアドバイスするなら……暴力男はダメ。あと、車運転した時キレる男はダメ。あとは……お金の使い方とか、とにかく価値観が合うか見てみること。あとは向こうの家族とうまくやれるかとか」
向こうの家族────。それはすなわち、津川家だ。
津川商事の社長は文也の父親だ。兄はその下で補佐をしているという。母親のことは聞いたことがない。だが、一つ言えることは印象が最悪だということだ。
数ヶ月前のあの事件の犯人は元を辿れば津川社長だ。おまけに美帆に罪をなすり付けようとした、いわば美帆にとっては苦い記憶の相手。そんな人間が義家族。考えるだけで頭が痛い。
「……文也さんは家族と折り合いが悪いみたいなの。それに向こうもきっと、私のことよく思ってないと思う」
「津川さんの実家って確か大阪よね? 長男じゃないし跡取りじゃないなら一緒に住むこともないんじゃない? 津川さんはこっちで仕事してるんだし、相手の実家が遠いなら会っても正月とはお盆だけとか、その程度よ」
「そもそも、結婚すること自体向こうの家族は知らないんじゃないかな……文也さんが言ってるとは思えないし」
「ストップ! 嫌な想像してたらキリがないよ。もっと楽しいこと考えなさい」
「楽しい想像、ねえ?」
「新婚旅行とか結婚式とか、女なんだし一生に一度なんだから、そんな眉間に皺寄せてちゃだめ」
「うん……」
「美帆は深刻に考えるところがあるから。不安ならちゃんと津川さんに話してみたら? それか同棲するって手もあるしね」
思えば、結婚に対して楽しい想像をしたことはあまりないかもしれない。
良樹と別れてからは誰とも付き合わなかったし、意識したこともない。ただ漠然と焦ってばかりで、楽しいことなど考えられなかった。自分も早くしなければ。相手を見つけばければと、想像する余裕もなかった。
文也と結婚したら楽しいだろうか。多分、楽しいと思う。色々なことがあったが、文也は本当に自分のことを大事にしてくれていると感じるし、それはきっと変わることはないと思う。
美帆はその未来を想像してみた。不安がないわけではない。結婚なんてしたことがないし、失敗したくない。
だが、文也の隣で笑っている自分を想像すると、ほんの少し楽しそうだと思えた。