とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 今日は早く家に帰れるはずだったが、丸井のせいで少し遅くなってしまった。

 美帆が文也の家に着くと、キッチンの方から音がした。まさか、文也が帰ってきているのだろうか。

 美帆が慌てて靴を脱いでいると、部屋の奥から文也が姿を見せた。

「美帆、おかえり。今日は遅かってんな」

「あ────ごめんなさい。もしかしてご飯作ってくれてたんですか?」

「奇跡的に早く帰れてん。たまには俺がせなな」

 美帆はほっと息をついた。文也の態度は普通だ。もしかしたら文也の方にも誰か使いが寄越されているのではないかと思ったが、そうではなかったらしい。

 キッチンには鳥を焼いたおかずと中華らしきスープが用意されている。すでに出来上がった状態だ。

「美帆、もう飯食べるか?」

「…………」

「美帆?」

「え? なに?」

「ぼーっとして、どうかしたんか。なんか元気ないで」

 それもそうだろう。突然出てきた人間にあんなことを言われたのだから。

 丸井のことを文也に言うべきだろうか。────いや、やめておこう。言った後の反応など目に見えている。そうなったら文也は二度と家と関わらないと言うはずだ。

「……うーん、ちょっと仕事で失敗しちゃって」

「大丈夫やって。美帆はいっつも頑張ってるんやから。今日出来んくても今度頑張ったらええねん」

 文也は見合いのことも知らないのだろう。でなければこんな穏やかな顔をしているわけがない。

 文也の見合い相手はどんな人物だろうか。美帆は想像してみたが、金持ちの考えることなど分からない。多分、津川商事と並ぶぐらい大きな会社の娘なのだろう。それだと藤宮社長のような感じだろうか。それならまだ救いがあるが、文也の好みかどうかは分からない。

 ────私、何文也さんのお見合いの心配なんかしてるんだろう。別れるかもしれないのに。

 もちろん別れる気はないが、その選択が合っているのか自信がない。

 ────では、文也様から本物の家族を切り離すと?

 そんなつもりはない。家族円満の方がいいに決まっている。みんな口では家族がうっとおしいと言っていても、仲が悪いことを望んでいる人間なんていないのだから。文也だって、環境が違えば家族と仲が良かったかもしれない。

 だから丸井の言葉を全否定できなかった。もし津川社長が文也との不和をどうにかしたいと今回の話を持ちかけてきたのだとしたら、仲直りをするチャンスだ。

 過去二人にどのようなことがあったのか知らないが、改善できるならそうした方がいい。これは他人の余計なお節介だろうか。

 一般家庭で特に問題もなく家族と仲良く過ごしてきた自分には文也の気持ちは理解できないかもしれない。けれど裏切られて傷付くということは、文也もある程度親に期待していたということだ。

 今自分がしようとしていることは文也の邪魔になるのだろうか。しばらく考えてみたが、答えは出せなかった。
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