とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第3話 策略
翌週月曜、美帆は朝一番に沙織に報告した。
関西弁男に会ったこと。関西弁男に嫌味を言われたこと。関西弁男はやっぱり最悪だったこと────。出だしから終わりまでとにかく最悪な男だった。
しかし、沙織の反応は思っていたよりもいいものだった。
「へえ、凄いじゃない。御曹司ってやつ?」
「ちょっと、もう少し言うことあるでしょ」
「中村さんもいいけど、御曹司の方が将来お金に困らない」
「沙織!」
美帆が嗜めると沙織は悪戯っぽく笑った。
「冗談よ。でも、すごい偶然ね。その人と二回も会うなんて」
「でしょう。なんか変だなと思うんだけど、私あの人のこと知らないし、本当に偶然だと思うんだけど……」
「でも、偶然じゃなかったらその人美帆を狙ってるってことにならない? ってことはやっぱり玉の輿?」
「もう! 付き合うとか結婚から離れてよ! あの男とだけはあり得ない! 会社が潰れて路頭に迷っても絶対に結婚しないんだから」
美帆は着替え終わった服をロッカー中に放り投げた。
思い出すとまたムカムカしてきた。普段怒ることはほとんどないが、あの男の暴言だけは許せない。失礼を絵に描いたような男だ。御曹司だかオーナーだか知らないが、関係ない。自分からすればただの失礼で礼儀知らずのお節介男だ。
「でも、その人の言うことなんとなく分かるよ」
「どういうこと?」
「私たちと喋る時はそうじゃないけど、美帆って《《対外》》向けの笑顔とそうじゃない笑顔使い分けてるのよ。プライベート用とお客様用っていうか、気心知れた人以外はずっとそんな感じ」
「……そうなの?」
「まぁ、笑顔は仕事の基本だし、職業病みたいなものだから仕方ないけど……」
「でも、別に失礼ではないでしょう」
「失礼ではないけど、なんていうか……でも、その男の人の言ってることは分かるよ。笑顔なんだけど、隙がないっていうか……」
────また、「隙」。そんなに私ってガード固く見えるのかな。
だが、全く見当違いだとは思わなかった。
以前も詩音に言われた。こう何度も指摘されると、それが欠点なんだといやでも気が付く。
「美帆はさ、もっと自分をさらけ出した方がいいんじゃない? 中村さんのことだって、我慢する必要ないよ。私はこういう場所がいいんです! ってハッキリ言わないと、あとが大変じゃない」
「そうだけど、せっかく選んでもらったから、つい……」
「それよ。仕事じゃないんだから、デートまで営業スマイルかましてどうするの。今私に言ったみたいに、「私実は堅苦しい場所が苦手なんです……」って言うの!」
「失礼にならない?」
「失礼じゃないの。これから関係築いていきましょうって相手なんだよ。嘘なんかついてどうするの。その方が失礼でしょ」
美帆は反省した。今まではそれが礼儀だ。それが相手に応える誠意だと思ってやってきた。表情のことなど気にしたこともなかった。
仕事柄笑顔を絶やさず、常に余裕を持って、謝罪すべき時はそれ相応の対応をしてきた。いつでもどこでも笑顔だったわけではない。
だが、どうも無意識でやっていたようだ。
「……そうだね。ごめん、もっとちゃんとする」
「別にいいって。美帆が営業スマイル使うってことは、心開けてないってことだと思うし。そうじゃない人もどこかにいるよ。中村さんかどうかは分からないけど」
そうかもしれない。今までは単に、本音でしゃべれる人間がいなかったのだ。今思い出せば、デートの時に自分の素をさらけ出せたことは一度もない。無理をしていたからご縁がなかっただけなのだ。
それなら本音で付き合える相手を探さなければならないわけだが、現在三十歳。果たして見つかるのだろうか。
関西弁男に会ったこと。関西弁男に嫌味を言われたこと。関西弁男はやっぱり最悪だったこと────。出だしから終わりまでとにかく最悪な男だった。
しかし、沙織の反応は思っていたよりもいいものだった。
「へえ、凄いじゃない。御曹司ってやつ?」
「ちょっと、もう少し言うことあるでしょ」
「中村さんもいいけど、御曹司の方が将来お金に困らない」
「沙織!」
美帆が嗜めると沙織は悪戯っぽく笑った。
「冗談よ。でも、すごい偶然ね。その人と二回も会うなんて」
「でしょう。なんか変だなと思うんだけど、私あの人のこと知らないし、本当に偶然だと思うんだけど……」
「でも、偶然じゃなかったらその人美帆を狙ってるってことにならない? ってことはやっぱり玉の輿?」
「もう! 付き合うとか結婚から離れてよ! あの男とだけはあり得ない! 会社が潰れて路頭に迷っても絶対に結婚しないんだから」
美帆は着替え終わった服をロッカー中に放り投げた。
思い出すとまたムカムカしてきた。普段怒ることはほとんどないが、あの男の暴言だけは許せない。失礼を絵に描いたような男だ。御曹司だかオーナーだか知らないが、関係ない。自分からすればただの失礼で礼儀知らずのお節介男だ。
「でも、その人の言うことなんとなく分かるよ」
「どういうこと?」
「私たちと喋る時はそうじゃないけど、美帆って《《対外》》向けの笑顔とそうじゃない笑顔使い分けてるのよ。プライベート用とお客様用っていうか、気心知れた人以外はずっとそんな感じ」
「……そうなの?」
「まぁ、笑顔は仕事の基本だし、職業病みたいなものだから仕方ないけど……」
「でも、別に失礼ではないでしょう」
「失礼ではないけど、なんていうか……でも、その男の人の言ってることは分かるよ。笑顔なんだけど、隙がないっていうか……」
────また、「隙」。そんなに私ってガード固く見えるのかな。
だが、全く見当違いだとは思わなかった。
以前も詩音に言われた。こう何度も指摘されると、それが欠点なんだといやでも気が付く。
「美帆はさ、もっと自分をさらけ出した方がいいんじゃない? 中村さんのことだって、我慢する必要ないよ。私はこういう場所がいいんです! ってハッキリ言わないと、あとが大変じゃない」
「そうだけど、せっかく選んでもらったから、つい……」
「それよ。仕事じゃないんだから、デートまで営業スマイルかましてどうするの。今私に言ったみたいに、「私実は堅苦しい場所が苦手なんです……」って言うの!」
「失礼にならない?」
「失礼じゃないの。これから関係築いていきましょうって相手なんだよ。嘘なんかついてどうするの。その方が失礼でしょ」
美帆は反省した。今まではそれが礼儀だ。それが相手に応える誠意だと思ってやってきた。表情のことなど気にしたこともなかった。
仕事柄笑顔を絶やさず、常に余裕を持って、謝罪すべき時はそれ相応の対応をしてきた。いつでもどこでも笑顔だったわけではない。
だが、どうも無意識でやっていたようだ。
「……そうだね。ごめん、もっとちゃんとする」
「別にいいって。美帆が営業スマイル使うってことは、心開けてないってことだと思うし。そうじゃない人もどこかにいるよ。中村さんかどうかは分からないけど」
そうかもしれない。今までは単に、本音でしゃべれる人間がいなかったのだ。今思い出せば、デートの時に自分の素をさらけ出せたことは一度もない。無理をしていたからご縁がなかっただけなのだ。
それなら本音で付き合える相手を探さなければならないわけだが、現在三十歳。果たして見つかるのだろうか。