とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
「……何やってんねん」

 翌日、文也が昼食を食べようと会社を出ると、またカヲリがいた。

「昨日の話の続きをしに来たの」

「話すことなんかなんもないわ。こんなとこで何やってんねん。暇人か」

「失礼ね。わざわざ交渉しに来たっていうのに」

「昨日の話は断ったやろ」

「その話じゃないわ。仕事の話よ。うちがおたくの会社に仕事を振るっていったら?」

 カヲリは自信満々に言い放った。

「お生憎様やな。うちは藤宮グループと専売契約してんねん」

「藤宮グループと?」 

 カヲリは目を丸くした後、感心したように文也を見つめた。

「そう……実力がある男だって聞いてたけど、それは嘘じゃないみたいね」

「誰からそんなこと聞いてん」

「調書に書いてあったのよ」

 文也はあからさまに嫌そうな顔をして見せた。その調書がどんなものか知らないが、絶対にろくなことが書いてない。よく見合いなんて引き受ける気になったものだ。これも津川のネームバリューのおかげだろうか。

「……とにかく、俺はアンタと話すことなんかないねん。はよ帰り」

「これからお昼でしょう。なら一緒に食べない?」

「なんで昼飯を《《元》》見合い相手と食わなあかんねん」

「だって一人で食べても美味しくないじゃない。私わざわざあなたに会いに来たんだから」

「知らんがな」

 文也はカヲリを放って駅の高架下にある飲食店の方へ歩いた。すると、カヲリが後ろからついて来た。

「なんでくんねん」

「言ったでしょう。私はこのお見合いが成功しないとややこしい縁談持って来られるの」

「アンタのがよっぽどややこいわ」

 文也は面倒になってお嬢様が入店できなさそうな居酒屋に入った。

 ここはサラリーマンが主な客層で若い女性はほぼ入らない。思った通り、中はサラリーマンばかりだ。推定三十代から五十代の男ばかりがそれぞれ大口を開けて食事している。

 追って店に入ってきたカヲリは店の中を見てうっと顔を引き攣らせていた。

 文也は絶対に帰るだろうと踏んだ。客の男たちは若く小綺麗な格好をしたカヲリが珍しいのだろう。カヲリは一気に注目を浴びた。

「お嬢さんはこんなところで唐揚げ定食なんか食われへんやろ。ウェイターがおる店でも入ってパスタでも食べてきたらどうや」

「ば……っバカにしないで! 私だって定食ぐらい食べれるわよ」

 カヲリは硬くて小さな椅子に腰掛けると、ギロリと文也を睨んだ。

 ────なんやねん。そんなに俺と飯食わなあかん理由でもあるんか。

 だが、このまま無視もできない。文也は仕方なくカヲリの前に座った。
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