とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 文也は十二時になるとともにエントランスに向かった。

 カヲリは言った通り車を帰したようだ。一人で立っていた。

「どこでもええか」

「この間みたいなお店はやめてね」

 かと言ってこの辺りに品のいい店は少ない。ともかく男だらけでうるさい店でなければ問題ないだろう。

 文也は適当な洋食店を選んで中に入った。客層は若者が多いが、男女どちらも満遍なくいる店だ。目立つこともなさそうだし、品が悪いこともない。高級な店ではないが、カヲリもそこまで文句は言わないはずだ。

 話をすることがメインなので軽めのものを頼んだ。どうせ今日も遅くまで残るつもりだから、後から食べようと思えば食べられる。

「それで、アンタはなんでそこまで俺に執着するねん。見合い相手なんて他にもおるやろ」

「別にあなたに執着してるわけじゃないわ。次の見合い相手が嫌なの」

「嫌って……そんなん断ったらまた別の見合い相手持って来られるだけちゃうの」

「次の相手は両親もかなり気に入ってるの。医師会に顔が効く人で……早い話がうちの大得意先なのよ」

「じゃあええやんか」

「よくないわよ。こんなこと言うのは失礼だけど、本当にタイプじゃないの」

「顔知ってるんか」

 カヲリはスマホを取り出していじる仕草を見せると、画面とパッと文也の方に向けた。

「これ、次の見合い相手」

「おっさんやんか」

 画面に映っている人物を見て思わず声が出てしまった。歳は四十代ぐらいに見える。あまり格好いいとは言えない────いや、控えめに言っても不細工だ。たるみ切った頬。シワだらけの顔。肉に埋もれて見えない目。ボサボサの眉毛。

「この人これでも三十五なの」

「……それは嘘やろ。どう見ても中年やんけ」

「本当よ。こんな見合い相手、いくら家のためでも結婚できないわ」

 確かに、自分にもそんな相手が来たら即断るだろうと思った。不細工云々は仕方のないことだが、ナニをする気も失せる。

「だから私はあなたに断られると困るの」

「けどな、俺だって困ってるねん。別にアンタが不細工とか思ってるわけちゃうけど、好きでもない相手となんて結婚できへん。アンタやってそう思うやろ」

「それはそうだけど……どうせ恋愛なんてしたってうまくいかないもの。みんな私のお金が欲しいのよ」

 カヲリの言うことには身に覚えがある。

 今まで自分に近付いてきた女のほとんどは津川の家柄、財産が目当てだった。付き合ったと思ったら豹変したりプレゼントをねだったり、散々だった。恐らくカヲリに近づく男もそうだったのだろう。

「アンタ、仕事してるんか?」

「してるわよ。って言っても、うちの会社の事務だけど」

「そんなことしてるから親にいいように扱われんねん。親がやってる会社に居座ってたら利用されるだけやで」

「仕方ないじゃない。私だって好きで入ったわけじゃないわ」

「俺みたいにライバル企業の懐に入り込んだらええねん」

 文也が冗談めかして言うと、逆にカヲリは感心したような顔をした。

「確かに、藤宮グループなら最高よね。食いっぱぐれることはないだろうし、どこの業界にも顔が利くもの。藤宮の役員とかで若くて格好いい男っていない?」

「おるけど全員既婚者やで」

「……そうよね」

「そんな回りくどいことしてる暇あったら自分でどうにかしたほうが早いんと違うか。男に頼ってどうにかなる話ちゃうやろ」

「両親は私と結婚する人に藤原製薬の跡を継いで欲しいの。だから長男以外でいい人を見つけなさいってことなんだけど……わかるでしょ。社内には碌な男なんていないし女性社員のやっかみは酷いし、いっそのこと海外でも逃げちゃおうかしら」

「逃げたらええやん。そこで第二の人生送る方がよっぽど有意義やで」

「ちょっと、もうちょっと親身になってよ。あなたのことでもあるんだから」

「知らんし。俺別に断るから」

「あなた、親の顔立てようとか思わないの?」

「思わへんな。俺は孝行者と違うねん。なんだったら死んでも会いたくない人間やわ。だから見合いなんて持って来られて迷惑してるねん」

「そんなに嫌な親なの? 私は会ったことないけど……」

「今度会う時があったら言うといて。クソオヤジって」

「遠慮するわ。まあ、懇意にしてるのはうちの親だけだから、私は多分会わないわ。それより考えてよ。お互いお見合い嫌な者同士知恵を出せばなんとか回避できるかもしれないでしょ」

「俺から言えることは一つや。さっさと家を出て独り立ちすること。それやめん限り先に進まんで」

「すぐに連れ戻されちゃうに決まってるじゃない」

「んなもん金でもなんでも貯めて自分に好きにしたらええねん」

「あなたは何も言われなかったの?」

「俺は頭使って家を出てん。縁切ってもええぐらいの覚悟がないとあかんで」

 とはいえ、普通の人間は親を切るなんて簡単にしないだろう。余程のことがあったとしてもそれほど親という存在は強い。文也にしてみれば血の呪いでしかないが、確執がないのなら難しい判断だ。

 カヲリも流石に困っていた。

「……はぁ。見合いが嫌なら好きな男でも連れて行ったらええんと違うか。聞いた感じ、アンタの親はそこまでアンタを無視してるわけちゃうんやろ。金持ちで顔のいい男捕まえて両親の前に突き出したれ」

「だから協力して」

「何を」

「私は好きな人見つけるから、それまでの間お見合いが続いてるフリをして!」

「はあ?」

「こっちがうまくいけば津川さんとのお見合いもなかったことになるでしょう? お互い万々歳じゃない」

 言われればそうだが、メリットがあるのはほとんどカヲリの方だ。これ以上付き纏われたらそれはそれで迷惑だ。

 しかし適当に会っていれば雅彦も勘違いするだろう。それでカヲリの親も騙せるならいいのだろうか。

「条件がある」

「何?」

「あくまでも俺とアンタは見合い相手や。それ以上にはなられへんし、周りの人間にも付き合ってるなんて言わんこと」

「いいわ。私も本意じゃないし。お互い協力しましょ」
< 147 / 158 >

この作品をシェア

pagetop