とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第30話 本当の家族
カヲリとは週に一度会うことになった。見合い相手と会うには十分な頻度だ。
会っても食事をするだけだし、お互い近況報告のようなことしか話すことはない。文也は相変わらず面倒に思っていたが、これも務めだと思って我慢した。
目的が一致した今、それ以外にやるべきこともない。だから思いの外楽だった。
計画性のまるでない提案を受けてから一週間ほど後。カヲリから電話がかかって来た。だが、内容を聞いて文也は仰天した。
「はあ!? 美帆に会いに行く!? なに考えてんねん!?」
『会いに行くっていうか、どんな人か見てみたいだけ。津川さんだって気になるでしょ?』
「そりゃ……」
美帆とはあれ以来会っていない。今一体どうしているのか、気になるといえば気になる。
だが、所詮元カレの自分が気にすべきではないと、会いに行きたい衝動を必死に押し殺してきたのだ。
「けど、会いに行くってどうするねん」
『会社の外からチラッと覗いてみるとか。受付嬢なんでしょ?』
「そうやけど、おるかどうか分からんで。別の課にも出入りしとるし」
『まあそうだったらそうだったでダメで元々よ。寄りを戻したいんでしょ? 私もその人のこと何も知らないし、気になるもの』
一人だったら絶対に会いに行かなかっただろう。だが、背中を押されたら────。
「分かった。ただし、付いて来るだけで余計なことはせんでええからな」
『安心して。見るだけだから』
電話の向こうで嬉しそうな声が聞こえた。文也もほんの少し喜びのようなものを感じた。また美帆の顔を見れることが楽しみなのかもしれない。
後日、文也はカヲリに呼び出され、久しぶりに藤宮コーポレーションの前に来た。
美帆にフラれて以来だから、かなり久しぶりだ。
「へえ、さすが藤宮グループの総本山。うちの会社の何倍かしら」
カヲリは藤宮のビルを見上げ、しげしげと言った。
「感心してる場合か。っていうか、中に入らへんの」
「中に入ったら受付の人ってすぐ前にいるから、外から見ようかなって」
「こんなんストーカーと変わらんやんか」
てっきりカヲリが一人で見てくるんだとばかり思っていた。こんなところにいたって美帆がいるかもどうかも分からない。
「分かったわよ。じゃあ私がお手洗いを借りるふりして話しかける。その人を見てくればいいのね」
「ああ……はようして」
カヲリは意気揚々と中に入った。普通は部外者なんて入れないだろうが、トイレぐらいなら問題ないだろう。十分ほど待つとカヲリが帰ってきた。
「どうやった」
「いなかったわよ。杉野って人は」
「……そうか」
青葉は戻って来たと聞いたが、まだ秘書課の仕事もしている。今日はそちら側に行っているのだろう。こんなところまでわざわざ来て骨折り損だった。
「そんなに落ち込まないでよ。きっとまた会えるから」
「あんなぁ、フラれた俺がそんな簡単に会いに来れるわけないやろ」
「そんな弱気なこと言っててどうするの。結婚したいんでしょう? ならもうちょっと努力しないと。本気なら誠意を見せるのが筋ってものでしょう」
「俺は────」
「津川さん……?」
カヲリとは別方向から声が聞こえた。聞き慣れた声が。
勢いよく振り返ると美帆が呆然と佇んでいた。ハンドバッグを肩に掛け、手には紙袋が握られている。どこかに出掛けていたようだ……なんて悠長に観察している場合ではない。
────あかん。なんか言わな。
だが、文也が口を開くよりも早く、美帆の足が動いた。美帆は何も言わず、文也とカヲリの横を通り過ぎた。まるで何も見なかったように。
ハイヒールの音が遠ざかっていく。文也は声もかけられないまま唖然とした。
怒られた方がまだいい。無視だ。美帆は自分になど完全に興味を無くしてしまったのか。元々顔を合わせる予定では無かったのに、予想外だ。しかもカヲリと一緒にいるところを見られてしまった。最悪だ。
「────どうすんねん! 誤解されたやんけ!」
ようやく我に帰ると、文也は怒鳴った。
「落ち着きなさいよ。まだ誤解されたって決まったわけじゃないわ」
「そんなこと言ってる場合か。無視されたんやぞ」
「ふうん……あれが、美帆さんねぇ。でも、あえて無視したってことは何かあるんじゃない? ヤキモチ妬いてるのかもしれないし」
「ヤキモチ? あれのどこがやねん」
寄りを戻す手伝いをしてくれると言ったからわざわざ恥を忍んで会いに来たのに、来た時より状況が悪くなっただけではないだろうか。ちょっとぐらい悲しそうな顔をすれば期待できるだろうが、美帆は無表情だった。驚いていたのは最初だけだ。
「アンタに協力なんか頼んだのが間違いやったわ……もうええ。とにかく大人しくしててくれ」
「何よ、そんなにがっかりするほどのことないじゃない。別に怒られたわけでもないんだし」
「自分ほんまに恋愛したことあるんか? フラれた俺が言えることちゃうけど、そんなんだから彼氏出来へんのちゃうの」
「失礼ね! 彼氏ぐらいいたことあるわよっ」
ギャーギャー喚くカヲリを無視し、ビルの方を見た。こんなところでカヲリと言い合っている場合ではない。美帆の誤解を解かなければまた余計な方に拗れてしまいそうだ。
会っても食事をするだけだし、お互い近況報告のようなことしか話すことはない。文也は相変わらず面倒に思っていたが、これも務めだと思って我慢した。
目的が一致した今、それ以外にやるべきこともない。だから思いの外楽だった。
計画性のまるでない提案を受けてから一週間ほど後。カヲリから電話がかかって来た。だが、内容を聞いて文也は仰天した。
「はあ!? 美帆に会いに行く!? なに考えてんねん!?」
『会いに行くっていうか、どんな人か見てみたいだけ。津川さんだって気になるでしょ?』
「そりゃ……」
美帆とはあれ以来会っていない。今一体どうしているのか、気になるといえば気になる。
だが、所詮元カレの自分が気にすべきではないと、会いに行きたい衝動を必死に押し殺してきたのだ。
「けど、会いに行くってどうするねん」
『会社の外からチラッと覗いてみるとか。受付嬢なんでしょ?』
「そうやけど、おるかどうか分からんで。別の課にも出入りしとるし」
『まあそうだったらそうだったでダメで元々よ。寄りを戻したいんでしょ? 私もその人のこと何も知らないし、気になるもの』
一人だったら絶対に会いに行かなかっただろう。だが、背中を押されたら────。
「分かった。ただし、付いて来るだけで余計なことはせんでええからな」
『安心して。見るだけだから』
電話の向こうで嬉しそうな声が聞こえた。文也もほんの少し喜びのようなものを感じた。また美帆の顔を見れることが楽しみなのかもしれない。
後日、文也はカヲリに呼び出され、久しぶりに藤宮コーポレーションの前に来た。
美帆にフラれて以来だから、かなり久しぶりだ。
「へえ、さすが藤宮グループの総本山。うちの会社の何倍かしら」
カヲリは藤宮のビルを見上げ、しげしげと言った。
「感心してる場合か。っていうか、中に入らへんの」
「中に入ったら受付の人ってすぐ前にいるから、外から見ようかなって」
「こんなんストーカーと変わらんやんか」
てっきりカヲリが一人で見てくるんだとばかり思っていた。こんなところにいたって美帆がいるかもどうかも分からない。
「分かったわよ。じゃあ私がお手洗いを借りるふりして話しかける。その人を見てくればいいのね」
「ああ……はようして」
カヲリは意気揚々と中に入った。普通は部外者なんて入れないだろうが、トイレぐらいなら問題ないだろう。十分ほど待つとカヲリが帰ってきた。
「どうやった」
「いなかったわよ。杉野って人は」
「……そうか」
青葉は戻って来たと聞いたが、まだ秘書課の仕事もしている。今日はそちら側に行っているのだろう。こんなところまでわざわざ来て骨折り損だった。
「そんなに落ち込まないでよ。きっとまた会えるから」
「あんなぁ、フラれた俺がそんな簡単に会いに来れるわけないやろ」
「そんな弱気なこと言っててどうするの。結婚したいんでしょう? ならもうちょっと努力しないと。本気なら誠意を見せるのが筋ってものでしょう」
「俺は────」
「津川さん……?」
カヲリとは別方向から声が聞こえた。聞き慣れた声が。
勢いよく振り返ると美帆が呆然と佇んでいた。ハンドバッグを肩に掛け、手には紙袋が握られている。どこかに出掛けていたようだ……なんて悠長に観察している場合ではない。
────あかん。なんか言わな。
だが、文也が口を開くよりも早く、美帆の足が動いた。美帆は何も言わず、文也とカヲリの横を通り過ぎた。まるで何も見なかったように。
ハイヒールの音が遠ざかっていく。文也は声もかけられないまま唖然とした。
怒られた方がまだいい。無視だ。美帆は自分になど完全に興味を無くしてしまったのか。元々顔を合わせる予定では無かったのに、予想外だ。しかもカヲリと一緒にいるところを見られてしまった。最悪だ。
「────どうすんねん! 誤解されたやんけ!」
ようやく我に帰ると、文也は怒鳴った。
「落ち着きなさいよ。まだ誤解されたって決まったわけじゃないわ」
「そんなこと言ってる場合か。無視されたんやぞ」
「ふうん……あれが、美帆さんねぇ。でも、あえて無視したってことは何かあるんじゃない? ヤキモチ妬いてるのかもしれないし」
「ヤキモチ? あれのどこがやねん」
寄りを戻す手伝いをしてくれると言ったからわざわざ恥を忍んで会いに来たのに、来た時より状況が悪くなっただけではないだろうか。ちょっとぐらい悲しそうな顔をすれば期待できるだろうが、美帆は無表情だった。驚いていたのは最初だけだ。
「アンタに協力なんか頼んだのが間違いやったわ……もうええ。とにかく大人しくしててくれ」
「何よ、そんなにがっかりするほどのことないじゃない。別に怒られたわけでもないんだし」
「自分ほんまに恋愛したことあるんか? フラれた俺が言えることちゃうけど、そんなんだから彼氏出来へんのちゃうの」
「失礼ね! 彼氏ぐらいいたことあるわよっ」
ギャーギャー喚くカヲリを無視し、ビルの方を見た。こんなところでカヲリと言い合っている場合ではない。美帆の誤解を解かなければまた余計な方に拗れてしまいそうだ。