とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
心を開けていなかったのは自分自身の責任だ。しかし、関西弁男のことは関係ない。仮にあの男の言うことが当たっていたとしても、全く面識のない男に指摘されるようなことではない。
美帆は思考を切り替え、今日も仕事を頑張ろうと意気込んだ。
「では、今日の予約予定ですが────」
朝のミーティングもいつも通り抜かりない。パソコンに表示された予約画面を見ながらそれぞれ受付嬢達に説明する。
「十時に本堂商事の田村様が来社予定、会議室Bを抑えてます。そのあと十一時に津川フロンティアの津川様が来社予定。会議室Aを……」
美帆は画面を見ながらふと言葉を止めた。聞いたことのない会社の名前だった。
来客は毎日のようにあるが、基本的に同じ名前の会社ばかりが並ぶ。担当者も同じだから自然と覚えられる。
だが、この会社名は聞いたことがなかった。
「この津川フロンティアの予約取ったのって?」
「あ、私です」瀬奈が手を挙げた。「担当者は広報の坂口さんです。どうかしましたか?」
「ううん、見たことない名前だなと思って」
「多分、新規のお客さんだと思います」
なんとなく目に止まったが、別に珍しいことではない。飛び込みで営業に来る人間だっているし、よくあることだろう。
朝のミーティングを終え、美帆は一階の総合受付で仕事を始めた。
朝は比較的ゆったりしている。社員達は九時から始業だが、九時ぴったりに訪ねてくる来客はあまりいない。ほとんど十時以降だ。
しかし、一時間は余裕ができるもののその間に溜まっている事務処理をしなければならなかった。
今日の一階総合受付は美帆と詩音が担当だ。美帆は詩音が好きだった。単純に可愛い後輩だからでもあるが、詩音が賑やかな性格でおしゃべり好きだからだ。
無論、仕事途中なのでおしゃべりばかりもしていられないが、明るい性格の詩音とは沙織の次に仲が良かった。
「この間の日曜、彼氏と水族館行ったんですよ」
手元を動かしながら、詩音が喋り始めた。美帆も雑務を片付けている最中だったので、同じく目を合わせないまま手を動かしながら返事した。
「いいじゃない。楽しかった?」
「それが、水族館行っただけで疲れたって言ってすぐに帰ったんですよ。信じられますか? 体力なさすぎですよ」
詩音はわかりやすいため息をついた。
「それは、ちょっと早すぎだね」
「でしょう? 近くのカフェとか海とかいきたかったのに、計画台無しです」
「まあまあ。疲れてたのかもしれないじゃない。それでも連れて行ってくれたんだから、きっと詩音ちゃんを喜ばせたかったんだって」
────なんて、彼氏もいない私が言えることじゃないけど。
不意に、前方に人影が現れた。下を向いていても気配を察せられるなんてなんだか忍者みたいだが、これは長年の《《クセ》》だ。
美帆も、そして詩音も顔を上げた。だが、「こんにちは」と声を出したのは詩音だけだった。
美帆はあまりのことに驚いて声が出なかった。見間違いかと思って何度も見たが、何度見ても同じだ。
目の前にいるのは、あの失礼極まりない関西弁男だった。
美帆は思考を切り替え、今日も仕事を頑張ろうと意気込んだ。
「では、今日の予約予定ですが────」
朝のミーティングもいつも通り抜かりない。パソコンに表示された予約画面を見ながらそれぞれ受付嬢達に説明する。
「十時に本堂商事の田村様が来社予定、会議室Bを抑えてます。そのあと十一時に津川フロンティアの津川様が来社予定。会議室Aを……」
美帆は画面を見ながらふと言葉を止めた。聞いたことのない会社の名前だった。
来客は毎日のようにあるが、基本的に同じ名前の会社ばかりが並ぶ。担当者も同じだから自然と覚えられる。
だが、この会社名は聞いたことがなかった。
「この津川フロンティアの予約取ったのって?」
「あ、私です」瀬奈が手を挙げた。「担当者は広報の坂口さんです。どうかしましたか?」
「ううん、見たことない名前だなと思って」
「多分、新規のお客さんだと思います」
なんとなく目に止まったが、別に珍しいことではない。飛び込みで営業に来る人間だっているし、よくあることだろう。
朝のミーティングを終え、美帆は一階の総合受付で仕事を始めた。
朝は比較的ゆったりしている。社員達は九時から始業だが、九時ぴったりに訪ねてくる来客はあまりいない。ほとんど十時以降だ。
しかし、一時間は余裕ができるもののその間に溜まっている事務処理をしなければならなかった。
今日の一階総合受付は美帆と詩音が担当だ。美帆は詩音が好きだった。単純に可愛い後輩だからでもあるが、詩音が賑やかな性格でおしゃべり好きだからだ。
無論、仕事途中なのでおしゃべりばかりもしていられないが、明るい性格の詩音とは沙織の次に仲が良かった。
「この間の日曜、彼氏と水族館行ったんですよ」
手元を動かしながら、詩音が喋り始めた。美帆も雑務を片付けている最中だったので、同じく目を合わせないまま手を動かしながら返事した。
「いいじゃない。楽しかった?」
「それが、水族館行っただけで疲れたって言ってすぐに帰ったんですよ。信じられますか? 体力なさすぎですよ」
詩音はわかりやすいため息をついた。
「それは、ちょっと早すぎだね」
「でしょう? 近くのカフェとか海とかいきたかったのに、計画台無しです」
「まあまあ。疲れてたのかもしれないじゃない。それでも連れて行ってくれたんだから、きっと詩音ちゃんを喜ばせたかったんだって」
────なんて、彼氏もいない私が言えることじゃないけど。
不意に、前方に人影が現れた。下を向いていても気配を察せられるなんてなんだか忍者みたいだが、これは長年の《《クセ》》だ。
美帆も、そして詩音も顔を上げた。だが、「こんにちは」と声を出したのは詩音だけだった。
美帆はあまりのことに驚いて声が出なかった。見間違いかと思って何度も見たが、何度見ても同じだ。
目の前にいるのは、あの失礼極まりない関西弁男だった。