とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
受付の杉野さんが恋人と別れたらしい────。
まさか本人がいるとも思わず、食堂に居合わせたおしゃべりな社員達はその話題で盛り上がっている。
「ここまでくると芸能人みたい……はは……」
「さ、沙織さん! 美帆さんが壊れちゃいましたよ! どうにかしてください!」
「これは……かなり重症ね……」
美帆は繰り広げられる会話を盗み聞きしながら呆れた。
一体どこから話が漏れたのだろうか。そんなことはどうでもいいが、いい加減他人の話題で盛り上がらないで欲しい。
話は白熱して受付が修羅場だっただの取っ組み合いの喧嘩が始まっただのとありもしない話しまでされている。想像すると面白いが、当事者の美帆は楽しくもなんともなかった。
「美帆さん、気にしちゃ駄目ですよ」
慰めてくれているのだろうか。詩音が気の毒そうに言った。
「別に……気にしてないよ。ドラマの脚本家みたいによくあんな話思いつくなあって思っただけ。取っ組み合いの次はなんだろうね。見合い相手が会社に乗り込んできたりして……ふふ……っ」
乾いた笑い声が込み上げる。笑わないとやってられない。
「美帆さん……ちょっと、戻ってきてください!」
「とりあえず美帆、当分食堂来るのやめたら? 変なことが耳に入ってイライラするだけよ」
沙織がお喋りをしている社員達を睨みつける。それで多少はおとなしくなったようだが、根本的なことはどうにもなっていない。
「別にそんなの気にすることないよ。半分は本当だけど半分は捏造だし、割と面白いし」
「そんなこと言って、無理しないの。人が傷付いてんのにそれを笑うなんて、私そういうの嫌いよ」
いっそ沙織のように怒れたらよかったのだろうか。文也のことも、嫌いになってしまえば楽になる。好きでいるから辛いのだ。
だが、文也が自分以外の女性を選んだとしても嫌いにはなれなかった。これは裏切りではないからだ。文也は自分の幸せを追い求めただけだ。そして自分はそれを願った。お互い合意していた。
「……ごめん。先に戻るね」
美帆は席を立ち、食堂から出た。このままここにいたら詩音と沙織の方が爆発しそうだった。
二人が気を遣っているのは文也と会うことがあるからだろう。受付にいる以上、それは避けられない。だが、この問題は簡単に解決できる。
青葉はまだ育休を取得中だが完全に復帰したわけではない。秘書課と受付の二足のわらじは続くだろう。それに、秘書課に移動することもできる。そうすればもう会うことはなくなる。会ったとしてもせいぜい、偶然会う程度だ。
今までは先延ばしにしていたが、それもいいかもしれない。受付の仕事は楽しいが、あそこにいると文也のことを思い出してしまう。
辛くないと言えば嘘になる。この会社にいること自体、記憶を刺激することだ。だが悪い記憶ではなかった。楽しい記憶だから辛いのだ。
今はこうやって自分を納得させることしか出来なかった。もう会いに行くことも出来ないのだから。
まさか本人がいるとも思わず、食堂に居合わせたおしゃべりな社員達はその話題で盛り上がっている。
「ここまでくると芸能人みたい……はは……」
「さ、沙織さん! 美帆さんが壊れちゃいましたよ! どうにかしてください!」
「これは……かなり重症ね……」
美帆は繰り広げられる会話を盗み聞きしながら呆れた。
一体どこから話が漏れたのだろうか。そんなことはどうでもいいが、いい加減他人の話題で盛り上がらないで欲しい。
話は白熱して受付が修羅場だっただの取っ組み合いの喧嘩が始まっただのとありもしない話しまでされている。想像すると面白いが、当事者の美帆は楽しくもなんともなかった。
「美帆さん、気にしちゃ駄目ですよ」
慰めてくれているのだろうか。詩音が気の毒そうに言った。
「別に……気にしてないよ。ドラマの脚本家みたいによくあんな話思いつくなあって思っただけ。取っ組み合いの次はなんだろうね。見合い相手が会社に乗り込んできたりして……ふふ……っ」
乾いた笑い声が込み上げる。笑わないとやってられない。
「美帆さん……ちょっと、戻ってきてください!」
「とりあえず美帆、当分食堂来るのやめたら? 変なことが耳に入ってイライラするだけよ」
沙織がお喋りをしている社員達を睨みつける。それで多少はおとなしくなったようだが、根本的なことはどうにもなっていない。
「別にそんなの気にすることないよ。半分は本当だけど半分は捏造だし、割と面白いし」
「そんなこと言って、無理しないの。人が傷付いてんのにそれを笑うなんて、私そういうの嫌いよ」
いっそ沙織のように怒れたらよかったのだろうか。文也のことも、嫌いになってしまえば楽になる。好きでいるから辛いのだ。
だが、文也が自分以外の女性を選んだとしても嫌いにはなれなかった。これは裏切りではないからだ。文也は自分の幸せを追い求めただけだ。そして自分はそれを願った。お互い合意していた。
「……ごめん。先に戻るね」
美帆は席を立ち、食堂から出た。このままここにいたら詩音と沙織の方が爆発しそうだった。
二人が気を遣っているのは文也と会うことがあるからだろう。受付にいる以上、それは避けられない。だが、この問題は簡単に解決できる。
青葉はまだ育休を取得中だが完全に復帰したわけではない。秘書課と受付の二足のわらじは続くだろう。それに、秘書課に移動することもできる。そうすればもう会うことはなくなる。会ったとしてもせいぜい、偶然会う程度だ。
今までは先延ばしにしていたが、それもいいかもしれない。受付の仕事は楽しいが、あそこにいると文也のことを思い出してしまう。
辛くないと言えば嘘になる。この会社にいること自体、記憶を刺激することだ。だが悪い記憶ではなかった。楽しい記憶だから辛いのだ。
今はこうやって自分を納得させることしか出来なかった。もう会いに行くことも出来ないのだから。