とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第4話 受付嬢は軽薄な男がお嫌い
 出社後、毎朝のミーティングのためロビーに行くと、清掃員たちが仕事をしていた。その中には滝川もいた。

 その姿を見て、美帆はまた津川を思い出した。

 ────やっぱりあの二人似てるんだよね。苗字は違うけど、親戚なのかな。

 だが、身内だったら清掃員なんかしているわけがない。津川商事は大企業だ。清掃員などせず、会社に良いポストを与えられているに違いない。

「おはようございます」

 美帆が滝川の方を見つめていると、滝川はそれに気付いて挨拶してきた。相変わらず爽やかな笑顔だ。どこかに誰かとはお違いね、と美帆は思った。

「あの、滝川さん」

 つい、呼び止めた。どうしても滝川に確認したいことがあったのだ。

「どうかしましたか?」

「いえ、あの……滝川さんのご家族に、関西の方っていらっしゃいますか?」

「え?」

 そんなことはないだろうと思ったが、念の為だ。これだけ顔が似ているのだから、実は兄弟だとか、親戚だとか可能性がないわけではない。

「はい。いますよ」

「えっ、本当ですか?」

「はい。親戚がいます。でもほとんど関わらないですけど。どうかしましたか?」

「いえ、突然ごめんなさい。滝川さんによく似た人がいて、もしかして親戚とかなのかなって思ったんです」

「そうなんですか。もしかしたら親戚かもしれませんね」

 ということはやはり親戚である可能性がある。だが、それ以上は突っ込んで聞けなかった。

 滝川とは親しいわけではないし、身内のことをあれこれ聞くのは失礼だ。
 
「俺に似ている人がいるなんで、なんだか気になりますね」

「でも滝川さんみたいにいい人じゃありませんけど」

 そういうと、滝川はおもしろそうに笑った。

「杉野さん面白いですね」

「そ、そんなことないと思います」

「杉野さんって、彼氏いるんですか?」

「え?」

 あまりにも予想外の質問で、美帆は驚いた。

「あ、いきなりすみません。綺麗ですし、仕事も出来るのでどうなのかなと思って……」

「えーっと……生憎、そういう人は……」

 三十路にもなって彼氏もいないなんて馬鹿にされるだろうか。二十代の頃は彼氏いないんです、なんてよく言っていたものだが、三十路になると言葉のハードルが上がる。今まで言えていたことも簡単には言えない。

「杉野さんみたいな魅力的な人に彼氏がいないなんて、周りの男の人は見る目がないんですね」

「え? いえ、そんなことないと思います」

 ────驚いた。いきなりあんなこと言われるなんて。

 歯の浮くようなセリフだ。滝川ぐらいの顔の男に言われると様になるが、いかんせん清掃員の格好をしているのでチグハグな雰囲気がする。

 だが、それだけ自分は評価されているということだ。願わくばその魅力に気づいてくれる人がいれば良いのだが……人生そううまくはいかない。

「謙遜しないでください。俺、仕事柄社内の噂はよく聞くんです。杉野さん、モテてますよ。きっとそのうちいい人が現れると思います」

 なんていい人なんだろうか。津川とは大違いだ。謙虚で品があって、喋るのも苦にならないし、気さくだ。いつも食事している人たちと違って気を遣わなくていい。もういっそ、滝川のような男が彼氏ならうまくいくのではないだろうか。

 職業柄、喋るのは圧倒的に男性が多い。勿論女性もいるが、喋ってもほとんどが社内の女性、同じ受付嬢同士だ。

 おまけに役職者と喋ることが多いものだから、受付嬢はやっかみの対象だった。色目を使っていると言われることもあるし、贔屓していると言われたこともある。

 勿論そんなつもりはないが、そう思われても仕方ない。

 だから、ここ数年で役員達が続々と結婚してくれて安心した。これで変な目で見られなくなるからだ。

 だが流石に清掃員は大丈夫だろう。玉の輿なんて言われることもないし、比較的目立たない職業だ。人の目を気にすることもない。

 ────でも待って、さっきの言い方だと、脈なしなんじゃない……?

 滝川は応援とも取れるような言い方をした。ということは、まるで女性として見ていないということだろうか。

 いや、褒めていたから好意は少なからずあるはずだ。ここは、なけなしの「隙」を使ってみるべきか。

「滝川さんは……恋人はいないんですか?」

「ええ、残念ながら。清掃員なんてモテませんから。日陰の職業ですよ」

「清掃員も立派な仕事ですよ」

「でも、清掃員が彼氏だったら嫌でしょう?」

「そんなことないです。私は全然気にしません」

 ────って、言い過ぎ!

 美帆は恥ずかしさで顔が爆発しそうだった。そんなつもりではない。ただ、ちょっと打ち解けようと思っていただけだ。

 滝川はポカンと口を開けていた。絶対に呆れられている。

「あの、すみません。そういうつもりじゃなくて……」

「いえ……ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」

 滝川は元の笑みに戻った。気にしていない、ということだろうか。流されたような気にもなったが、深掘りされなくて安心した。

 馬鹿なことだ。滝川のはただの社交辞令だ。本気にすべきではない。
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