とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
翌日、ロッカーで会うと、沙織は早速昨日のことを尋ねてきた。
ずっと気にしていたのだろう。おはようよりも先に「デート行った?」と言われて美帆はうんざりした。
沙織だけではない。帰宅ラッシュの時で、会社の前には大勢人がいた。津川のことを見ていた人間だっているはずだ。ともなれな、自分と津川のことが噂されていてもおかしくない。
「行ってないよ。行くわけないじゃない」
「待ってるっていてなかった?」
「……待ってたけど、置いていった」
「ええっ」
「だって、また失礼なこと言うし、腹が立って……」
「せっかくのチャンスだったのに。美帆は嫌いかもだけど、一応社長さんだよ?」
「そんなのどうでもいいよ。どうせまた堅苦しいお店でニコニコしなきゃいけないんだから。っていうかそれ以前に、あの人だけは絶対にイ・ヤ!」
地球が滅亡しようが日本が沈没しようが津川とだけは絶対デートしないだろう。
世界中から津川以外の男が消え失せたとしても、津川とだけは絶対に何があっても付き合わない。美帆は決心した。
神様に彼氏が欲しいと願ったことはあるが、何もあんな男が欲しいと思ったわけではない。
彼氏がいた方がいいとは思うが、疲れるだけならいっそ、このまま仕事人間で通す方がいいのかもしれない。周りは色々言うだろうが、最近は独身を貫く女性もいるというし、珍しいことではない。結婚しない方が仕事もずっと続けられるだろうし、キャリアアップも出来る。
などと前向きになってみたものの、実際はただ逃げているだけかもしれない。
彼氏ができない言い訳を何かのせいにしていれば気が楽だ。虚しいことに変わりないが。
「杉野さん、大丈夫でしたか?」
ロビーに行くと、掃除をしていた滝川に声を掛けられた。
津川そっくりの顔が見えて、美帆はつい身構えてしまった。だが、これは滝川だ。津川ではない。
「おはようございます。何がですか?」
「昨日、帰りがけに男性に話かけられてませんでしたか?」
「えっ」
まさか、滝川は見ていたのだろうか。愚問だ。あの中で誰もみられなかったわけがない。ただ、滝川が目撃しているとは思わなかった。
「なんだか困っていたように見えましたけど……」
「大丈夫です。なんでもありません。ただのお客様ですよ」
「そうですか……てっきりナンパされているのかと思いました」
あれをナンパというのだろうか。津川が本気だったかどうかは分からない。だが、本気であろうと冗談であろうと関係ない。
「そんなわけありませんよ」
美帆は虚しさを感じた。人から本気で想われないというのは、割と孤独だ。なんというか、自分だけが取り残されているように感じる。自分にはなんの魅力もないように感じてしまう。
軽薄な人間が寄ってくるのも、自分が軽薄だからではないだろうか。考えれば考えるほど自信がなくなってくる。
「じゃあ、俺が誘ったらどうしますか?」
「え?」
「杉野さん、ご飯でも一緒にどうですか」
杉野美帆、三十路。ここにきてやっと男運が回ってきたとでもいうのだろうか。
滝川の誘いはあまりにも突然で、けれどなんとなく嬉しくて。
目の前の男の顔が津川そっくりだというのに、不覚にもときめいてしまった。
ずっと気にしていたのだろう。おはようよりも先に「デート行った?」と言われて美帆はうんざりした。
沙織だけではない。帰宅ラッシュの時で、会社の前には大勢人がいた。津川のことを見ていた人間だっているはずだ。ともなれな、自分と津川のことが噂されていてもおかしくない。
「行ってないよ。行くわけないじゃない」
「待ってるっていてなかった?」
「……待ってたけど、置いていった」
「ええっ」
「だって、また失礼なこと言うし、腹が立って……」
「せっかくのチャンスだったのに。美帆は嫌いかもだけど、一応社長さんだよ?」
「そんなのどうでもいいよ。どうせまた堅苦しいお店でニコニコしなきゃいけないんだから。っていうかそれ以前に、あの人だけは絶対にイ・ヤ!」
地球が滅亡しようが日本が沈没しようが津川とだけは絶対デートしないだろう。
世界中から津川以外の男が消え失せたとしても、津川とだけは絶対に何があっても付き合わない。美帆は決心した。
神様に彼氏が欲しいと願ったことはあるが、何もあんな男が欲しいと思ったわけではない。
彼氏がいた方がいいとは思うが、疲れるだけならいっそ、このまま仕事人間で通す方がいいのかもしれない。周りは色々言うだろうが、最近は独身を貫く女性もいるというし、珍しいことではない。結婚しない方が仕事もずっと続けられるだろうし、キャリアアップも出来る。
などと前向きになってみたものの、実際はただ逃げているだけかもしれない。
彼氏ができない言い訳を何かのせいにしていれば気が楽だ。虚しいことに変わりないが。
「杉野さん、大丈夫でしたか?」
ロビーに行くと、掃除をしていた滝川に声を掛けられた。
津川そっくりの顔が見えて、美帆はつい身構えてしまった。だが、これは滝川だ。津川ではない。
「おはようございます。何がですか?」
「昨日、帰りがけに男性に話かけられてませんでしたか?」
「えっ」
まさか、滝川は見ていたのだろうか。愚問だ。あの中で誰もみられなかったわけがない。ただ、滝川が目撃しているとは思わなかった。
「なんだか困っていたように見えましたけど……」
「大丈夫です。なんでもありません。ただのお客様ですよ」
「そうですか……てっきりナンパされているのかと思いました」
あれをナンパというのだろうか。津川が本気だったかどうかは分からない。だが、本気であろうと冗談であろうと関係ない。
「そんなわけありませんよ」
美帆は虚しさを感じた。人から本気で想われないというのは、割と孤独だ。なんというか、自分だけが取り残されているように感じる。自分にはなんの魅力もないように感じてしまう。
軽薄な人間が寄ってくるのも、自分が軽薄だからではないだろうか。考えれば考えるほど自信がなくなってくる。
「じゃあ、俺が誘ったらどうしますか?」
「え?」
「杉野さん、ご飯でも一緒にどうですか」
杉野美帆、三十路。ここにきてやっと男運が回ってきたとでもいうのだろうか。
滝川の誘いはあまりにも突然で、けれどなんとなく嬉しくて。
目の前の男の顔が津川そっくりだというのに、不覚にもときめいてしまった。