とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 文也には「はい」以外の選択肢はなかった。

 それからはあまりにもとんとん拍子に事が進んだ。恐らく雅彦はこうなることを予測して────いや、初めから計画していたのだろう。

 文也の会社はその日のうちに買収され、津川商事の子会社となった。その時の悔しさたるや、かつてないものだった。せっかく親の鎖から逃れられたのに、また振出しに戻ってしまったのだ。

 世間では家族の絆なんていうが、文也にとっては血の呪いだ。

 皮肉なもので、やっとの思い出大きくした会社は、文也が津川家の嫡男であることが知られると嘘のように業績が良くなった。よくなりすぎて逆に恐ろしく思ったほどだ。

 だが、文也は欠片も喜べなかった。

 ────俺がこの数年間やってきたことは何やってん。結局、家の力使わななんも出来んってことか。

 しかし、会社には社員がいる。勝手なことで路頭に迷わすわけにはいかなかった。



 文也はとにかく藤宮の情報を手に入れるため、策を練った。

 すでに取引をしているため、下手に動いて警戒されるわけにもいかない。相手側の社員達に一番知られない形を取らなければならなかった。

 そこで目をつけたのが清掃員だった。会社内を堂々と闊歩でき、なおかつ社員達の情報に聞き耳を立てることができる。

 藤宮コーポレーションは自社が運営する清掃会社にビル清掃を一任していた。そこに文也が潜入するのは、さほど難しいことではなかった。

 清掃員は産業スパイにはうってつけの仕事場だった。コンプライアンスなんてあったものではないが、情報を手に入れるだけの最適な環境が整っている。

 清掃員のほとんどは中年の女性で、おしゃべりが大好きだ。彼女達の方がよほど産業スパイに向いていると思うほど、把握する情報量は絶大だった。

 ただ、問題は内容だ。流石に清掃員も仕事の中身までは知らない。

 だから結局は、文也自身が社員から情報を手に入れるか、勝手にパソコンを覗くなりしないと分からなかった。


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