とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
清掃員・滝川は社内の状況を把握するための人物。
津川商事令息・津川文也は杉野を誘惑するための人物。
その二つを使い分け、藤宮の内情を探る。そしてあわよくば杉野から社内の情報を聞き出す。それが文也の計画だ。
文也は清掃員・滝川として杉野に接触した。
藤宮コーポレーションにおける杉野は非常に愛想が良い人物で、清掃員にも挨拶を欠かさない。滝川だけではなく、全ての人に対しそうであるようだった。一見、あの噂のように男性だけを依怙贔屓しているようには見えない。
杉野の仕事っぷりは完璧だった。主任を任されているぐらいだから能力はあるのだろう。女性社員が羨むのも致し方ない。
しかし、男性面では非常に残念だった。
杉野と男のデートを見ていると、デートではなく、まるで接待をしているように感じた。特別おかしなことをしているわけではないが、「隙」がなさすぎるのだ。
完璧な受け答え、完璧な笑顔。仕事なら褒められるべきものなのだろうが、どうも杉野自身を隠しているように見えてならない。
会話の内容も突っ込んだところがなく、危ない橋を避けているように見える。男の方もそう思っているはずだ。
ここで文也はもう一度杉野に話し掛けた。杉野は絶対に自分を覚えているはずだと思った。
予想通り、杉野は自分のことを覚えていた。無論、悪い方の印象で。
オーナーというのはハッタリだが、それは別に構わない。どうせ後から身元はバラすし、それで杉野は信じるだろうと思った。
今回は様子を見るだけだ。
だが、杉野は思ったよりも驚かなかった。相変わらず不愉快そうな顔で文也を睨みつけた。
「なんの関わりもないあなたにそんなことを言われる筋合いはありません。第一、私はお客です。それなのにオーナーのあなたが失礼な態度をとっていいんですか」
杉野は毅然としていた。あまりにも真っ当な態度なので、文也の方が驚いた。
予想ではもっと、黄色い声をあげて媚を売られるものだと思っていた。事実、自分の周囲にいた女性はほとんどそうなったし、例外なく杉野もそうだと思った。
今時流行りのツンデレプレイ────ではなさそうだ。
次に津川文也として正式に会うまで、杉野はずっと怒っていたようだった。
「どうも、津川フロンティア代表の津川文也です。よろしく」
しかし、大概の人間は津川の名前を出せば一歩引く。杉野だって、気付いて謝るだろうと思った。
しかしやはり、杉野は変わらなかった。驚くほど、微塵も変わらない。
正式な客だと分かるまで、ずっと疑った目をしていた。それもそうかもしれない。偶然を装い二回も会った失礼男がまた自分の目の前に現れたのだから。
だがその後も杉野は辛辣な態度を崩さなかった。
文也が誘ったデートも断り大激怒して帰ってしまった。それは全くもって予想外の事態だった。
────なんやねん。全然噂とちゃうやん。
そこで文也は初めてこの計画を仕切り直さなければならないことに気が付いた。噂なんて当てにすべきではないと思った。
この計画は杉野を突破口に藤宮の情報を聞き出すというものだった。しかし肝心の杉野がこれでは計画が振り出しだ。
────あかん、でも嫌われたわ。絶対嫌われたわ。あんなんじゃ絶対情報なんて教えてもらえるわけないやん。
杉野の前では津川文也は役に立たない。なら、他の作戦を考えなければならない。
いっそターゲットを変更しようかとも思ったが、杉野以外の適任者がいるだろうか? 会社のことを知り尽くしていて、役員達とも繋がりがある。
男では無理だ。ガードが硬くて近付けない。やはり杉野しかいなかった。
今更諦めることも出来ない。恐らく雅彦は失敗を許さないだろう。そうなれば自分が苦労して作った会社もどうなるか分からない。
────けど、どうするねん。めっちゃ嫌われたし、俺じゃ近付かれへん。
その時ふと思い付いた。「津川文也」ではなく「滝川」として近付けばいいのではないか、と。
幸い、滝川が自分と同一人物であることにはまだ気付かれていない。疑われていたようだが、親戚か何かだと思っていてくれれば都合がいい。
しかも「滝川」は身内だ。ライバル会社の津川文也より情報を聞き出しやすい。最適なポジションだった。
津川商事令息・津川文也は杉野を誘惑するための人物。
その二つを使い分け、藤宮の内情を探る。そしてあわよくば杉野から社内の情報を聞き出す。それが文也の計画だ。
文也は清掃員・滝川として杉野に接触した。
藤宮コーポレーションにおける杉野は非常に愛想が良い人物で、清掃員にも挨拶を欠かさない。滝川だけではなく、全ての人に対しそうであるようだった。一見、あの噂のように男性だけを依怙贔屓しているようには見えない。
杉野の仕事っぷりは完璧だった。主任を任されているぐらいだから能力はあるのだろう。女性社員が羨むのも致し方ない。
しかし、男性面では非常に残念だった。
杉野と男のデートを見ていると、デートではなく、まるで接待をしているように感じた。特別おかしなことをしているわけではないが、「隙」がなさすぎるのだ。
完璧な受け答え、完璧な笑顔。仕事なら褒められるべきものなのだろうが、どうも杉野自身を隠しているように見えてならない。
会話の内容も突っ込んだところがなく、危ない橋を避けているように見える。男の方もそう思っているはずだ。
ここで文也はもう一度杉野に話し掛けた。杉野は絶対に自分を覚えているはずだと思った。
予想通り、杉野は自分のことを覚えていた。無論、悪い方の印象で。
オーナーというのはハッタリだが、それは別に構わない。どうせ後から身元はバラすし、それで杉野は信じるだろうと思った。
今回は様子を見るだけだ。
だが、杉野は思ったよりも驚かなかった。相変わらず不愉快そうな顔で文也を睨みつけた。
「なんの関わりもないあなたにそんなことを言われる筋合いはありません。第一、私はお客です。それなのにオーナーのあなたが失礼な態度をとっていいんですか」
杉野は毅然としていた。あまりにも真っ当な態度なので、文也の方が驚いた。
予想ではもっと、黄色い声をあげて媚を売られるものだと思っていた。事実、自分の周囲にいた女性はほとんどそうなったし、例外なく杉野もそうだと思った。
今時流行りのツンデレプレイ────ではなさそうだ。
次に津川文也として正式に会うまで、杉野はずっと怒っていたようだった。
「どうも、津川フロンティア代表の津川文也です。よろしく」
しかし、大概の人間は津川の名前を出せば一歩引く。杉野だって、気付いて謝るだろうと思った。
しかしやはり、杉野は変わらなかった。驚くほど、微塵も変わらない。
正式な客だと分かるまで、ずっと疑った目をしていた。それもそうかもしれない。偶然を装い二回も会った失礼男がまた自分の目の前に現れたのだから。
だがその後も杉野は辛辣な態度を崩さなかった。
文也が誘ったデートも断り大激怒して帰ってしまった。それは全くもって予想外の事態だった。
────なんやねん。全然噂とちゃうやん。
そこで文也は初めてこの計画を仕切り直さなければならないことに気が付いた。噂なんて当てにすべきではないと思った。
この計画は杉野を突破口に藤宮の情報を聞き出すというものだった。しかし肝心の杉野がこれでは計画が振り出しだ。
────あかん、でも嫌われたわ。絶対嫌われたわ。あんなんじゃ絶対情報なんて教えてもらえるわけないやん。
杉野の前では津川文也は役に立たない。なら、他の作戦を考えなければならない。
いっそターゲットを変更しようかとも思ったが、杉野以外の適任者がいるだろうか? 会社のことを知り尽くしていて、役員達とも繋がりがある。
男では無理だ。ガードが硬くて近付けない。やはり杉野しかいなかった。
今更諦めることも出来ない。恐らく雅彦は失敗を許さないだろう。そうなれば自分が苦労して作った会社もどうなるか分からない。
────けど、どうするねん。めっちゃ嫌われたし、俺じゃ近付かれへん。
その時ふと思い付いた。「津川文也」ではなく「滝川」として近付けばいいのではないか、と。
幸い、滝川が自分と同一人物であることにはまだ気付かれていない。疑われていたようだが、親戚か何かだと思っていてくれれば都合がいい。
しかも「滝川」は身内だ。ライバル会社の津川文也より情報を聞き出しやすい。最適なポジションだった。