とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 昼の十二時を過ぎると一階はどっと人口密度が高くなる。

 一階にはコンビニや打ち合わせスペースなど社員、社外の人間のための設備がいくつか置かあるが、昼はとにかくコンビニが混む。多い時だと自動ドアの外にまで列が飛び出すほどだ。

 その様子を眺めながら、美帆はお腹空いたなあと心の中で思った。言葉には決して出さない。なぜなら、自分は受付嬢なのだから。

 受付嬢は規則正しく動かなければならないが、それは人のためだけだ。客が訪れれば昼だろうが定時だろうが対応しなければならないし、昼ご飯だって確実の十二時に食べれるとは限らない。

 社員達が美味しそうな弁当を買っている横で姿勢正しく立って、笑顔を振り撒かなければならないのだ。

「詩音ちゃん、先にお昼行ったら? 今は空いてるから昼の来客予定はないし」

「美帆さんはお腹空いてないですか? 私朝ごはんいっぱい食べたから割と平気ですよ」

「そう? それだったら────」

「お疲れ様です」

 声に反応して、美帆は咄嗟に笑顔で「こんにちは」と答えた。受付嬢の条件反射だ。

 だが、話し掛けてきたのはよく知っている男性社員だった。

「あ、青葉(あおば)さん」

「すみません。お話中でしたか?」

「いいえ、大丈夫です」

 青葉は笑みを浮かべた。独身の若い女性ならうっと胸を押さえてしまいたくなるような爽やかな笑顔だ。

 青葉は社長秘書だ。美帆よりも少し年上で、社員の中でも抜きん出た顔面偏差値の高さ、スタイル、性格、仕事の要領。全てにおいてパーフェクトな男だと言っても過言ではない。

「吉川さんは今日は出勤してますか?」

「あ、吉川さんはほら、新婚旅行でお休みしてるんです」

「あ……そういえば、そうですよね。結婚したと聞いたのでお祝いを渡そうと思ったんですが、すっかり忘れてました」

「青葉さん、自分も結婚したのにもう忘れたんですか?」

 からかうように言うと、青葉は恥ずかしそうに笑った。

 美帆は秘書の青葉とは仕事上よく話す間柄だった。食事も行ったことがある。だが、男性として見たことはない。

 青葉はかなり真面目な性格で、結婚する前までは女性の影ひとつなかった。社長秘書で独身の優良物件。だから社内の女性陣は彼を狙っていたが、青葉は美帆のタイプではなかった。

 美帆のタイプは明るいおしゃべりな男性だ。面白い男性ならなおいい。だから真面目でジョークをひとつも言わない青葉はタイプではない。

 ────こうやって選り好みしてるから彼氏が出来ないんだよね。

 
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