とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第6話 最悪の誤解
「杉野さん、ご飯でも一緒にどうですか」、なんて言ったものの────。
土曜の午前十一時。文也は「滝川」に化け、待ち人を待っていた。
待人というのは勿論、受付嬢杉野美帆だ。
勢いで誘ったものの、オーケーをもらえるとは思わなかった。
杉野の噂を聞く限り、清掃員とのデートなど絶対に断る。正直、まともに口を聞いてもらえたことすら意外だった。
しかし油断は出来ない。杉野のことはほとんど知らない。会社での仕事ぶり以外は。
待ち合わせ場所に着いて少しして、杉野はやって来た。私服を着ていたから一瞬分からなかったが、間違いなく杉野だった。
「こんにちは滝川さん。お待たせしてしまいましたか?」
「……いえ。さっき来たばかりですから大丈夫ですよ」
「何か?」
「杉野さんは……仕事の時とは大分感じが違うんですね」
仕事の時は藤井色の制服を着て髪もビシッと綺麗にまとめている。
だが、今日の格好はそれに比べたらかなりラフだ。低いパンプスにすらっとしたジーンズ姿で、髪も下ろしている。正直仕事中の杉野からは想像がつかなかった。男とのデートの時はもっと綺麗めな私服を着ていたが、なぜ今日は違うのだろう。
「お休みの日はいつもこんな感じなんです。変ですかね」
「いや……そんなことありません」
格好は違うがよく似合っている。仕事の時に比べればかなり気安い雰囲気だ。正直こちらの方が好ましいと文也は思った。
「滝川さんもなんだかいつもとは感じが違いますね」
「ああ、制服じゃないですからね」
仕事中は清掃員の格好をしているし、津川文也として仕事している時はスーツを着ている。感じが違って見えて当然だろう。一応滝川と文也は別人であるという設定のため、今日は敢えて伊達眼鏡をかけていた。
こんなことをしなくても説明しているから大丈夫だと思うが、念のためだ。関西弁さえ使わなければ大丈夫だろう。
「どこにしましょうか。滝川さんは好き嫌いとかありますか?」
「俺はなんでも食べれますよ。どこでも大丈夫です。杉野さんの好きなもので」
「そうですね……色々ありますし、この近くにしましょうか。私が知ってるお店でよければ案内します」
「じゃあ、お願いします」
杉野は少し歩いて近くにあるカフェの前まで来た。なんの変哲もない、どこにでもありそうなカフェだ。
「ここでもいいですか?」
文也は頷いた。意外に思ったが、杉野のことを知るチャンスだと思った。
カフェはそれほど広くない。十席ほどのテーブルと椅子。店員は二人しかいない。客はそこそこ入っていた。
パスタとパンケーキがメインの店のようだが、他にもメニューはあるらしい。
「杉野さんはここに来たことがあるんですか?」
「はい、何度か。同僚の女の子達とよくこの辺りに来るんです」
「仲がいいんですね」
「そうですね。同じ苦労を分かち合ってる戦友っていうか……みんないい子です」
「じゃあ、プライベートでもよく遊びに行くんですか?」
「はい。同期の沙織────吉川さんとはよく行きます」
どうやら受付嬢同士は仲がいいらしい。もっとも他がどう思っているかは分からないが、見た感じ悪くない。
「今日は突然誘ってすみませんでした」
「え? いえ……驚きましたけど、嬉しいですよ」
「喋ってみたいとは思ってたんですけどなかなか声をかけられなくて」
「そんなこと言わずに是非是非。おしゃべりは好きなんです。そういえば滝川さんのお名前はなんと仰るんですか?」
「滝川、文太です」
もちろん偽名だ。こんなところで杉野にばれては困る。
「男性の清掃員さんって珍しいですよね」
「そうですね、ほとんどいません。清掃会社によると思うんですが」
「だから滝川さんのことはすぐに覚えてしまって。いつも真面目にお仕事してらっしゃいますし、ちゃんと挨拶もしてくださるのですごいなあって見てたんですよ」
「大した仕事じゃないのに、そんなに褒められると恥ずかしいです」
「受付嬢だって目立った仕事じゃありません。ただのサポート業務です。実際にお金を産む仕事じゃありませんけど、そのために必要なことです。清掃だってそうだと思いますよ」
この間の発言といい、杉野は仕事にプライドを持っているようだ。
それもそうだろう。藤宮コーポレーションを受けたがる人間はごまんといる。実際受かるのはそのうちのごく一部だけだ。杉野だっていくら顔がいいとはえ、相当な努力をしたはずだ。
だからあんなにも怒ったのだろうか。てっきり玉の輿目当ての女だと思っていたのだが、実際の杉野は違うのだろうか。
土曜の午前十一時。文也は「滝川」に化け、待ち人を待っていた。
待人というのは勿論、受付嬢杉野美帆だ。
勢いで誘ったものの、オーケーをもらえるとは思わなかった。
杉野の噂を聞く限り、清掃員とのデートなど絶対に断る。正直、まともに口を聞いてもらえたことすら意外だった。
しかし油断は出来ない。杉野のことはほとんど知らない。会社での仕事ぶり以外は。
待ち合わせ場所に着いて少しして、杉野はやって来た。私服を着ていたから一瞬分からなかったが、間違いなく杉野だった。
「こんにちは滝川さん。お待たせしてしまいましたか?」
「……いえ。さっき来たばかりですから大丈夫ですよ」
「何か?」
「杉野さんは……仕事の時とは大分感じが違うんですね」
仕事の時は藤井色の制服を着て髪もビシッと綺麗にまとめている。
だが、今日の格好はそれに比べたらかなりラフだ。低いパンプスにすらっとしたジーンズ姿で、髪も下ろしている。正直仕事中の杉野からは想像がつかなかった。男とのデートの時はもっと綺麗めな私服を着ていたが、なぜ今日は違うのだろう。
「お休みの日はいつもこんな感じなんです。変ですかね」
「いや……そんなことありません」
格好は違うがよく似合っている。仕事の時に比べればかなり気安い雰囲気だ。正直こちらの方が好ましいと文也は思った。
「滝川さんもなんだかいつもとは感じが違いますね」
「ああ、制服じゃないですからね」
仕事中は清掃員の格好をしているし、津川文也として仕事している時はスーツを着ている。感じが違って見えて当然だろう。一応滝川と文也は別人であるという設定のため、今日は敢えて伊達眼鏡をかけていた。
こんなことをしなくても説明しているから大丈夫だと思うが、念のためだ。関西弁さえ使わなければ大丈夫だろう。
「どこにしましょうか。滝川さんは好き嫌いとかありますか?」
「俺はなんでも食べれますよ。どこでも大丈夫です。杉野さんの好きなもので」
「そうですね……色々ありますし、この近くにしましょうか。私が知ってるお店でよければ案内します」
「じゃあ、お願いします」
杉野は少し歩いて近くにあるカフェの前まで来た。なんの変哲もない、どこにでもありそうなカフェだ。
「ここでもいいですか?」
文也は頷いた。意外に思ったが、杉野のことを知るチャンスだと思った。
カフェはそれほど広くない。十席ほどのテーブルと椅子。店員は二人しかいない。客はそこそこ入っていた。
パスタとパンケーキがメインの店のようだが、他にもメニューはあるらしい。
「杉野さんはここに来たことがあるんですか?」
「はい、何度か。同僚の女の子達とよくこの辺りに来るんです」
「仲がいいんですね」
「そうですね。同じ苦労を分かち合ってる戦友っていうか……みんないい子です」
「じゃあ、プライベートでもよく遊びに行くんですか?」
「はい。同期の沙織────吉川さんとはよく行きます」
どうやら受付嬢同士は仲がいいらしい。もっとも他がどう思っているかは分からないが、見た感じ悪くない。
「今日は突然誘ってすみませんでした」
「え? いえ……驚きましたけど、嬉しいですよ」
「喋ってみたいとは思ってたんですけどなかなか声をかけられなくて」
「そんなこと言わずに是非是非。おしゃべりは好きなんです。そういえば滝川さんのお名前はなんと仰るんですか?」
「滝川、文太です」
もちろん偽名だ。こんなところで杉野にばれては困る。
「男性の清掃員さんって珍しいですよね」
「そうですね、ほとんどいません。清掃会社によると思うんですが」
「だから滝川さんのことはすぐに覚えてしまって。いつも真面目にお仕事してらっしゃいますし、ちゃんと挨拶もしてくださるのですごいなあって見てたんですよ」
「大した仕事じゃないのに、そんなに褒められると恥ずかしいです」
「受付嬢だって目立った仕事じゃありません。ただのサポート業務です。実際にお金を産む仕事じゃありませんけど、そのために必要なことです。清掃だってそうだと思いますよ」
この間の発言といい、杉野は仕事にプライドを持っているようだ。
それもそうだろう。藤宮コーポレーションを受けたがる人間はごまんといる。実際受かるのはそのうちのごく一部だけだ。杉野だっていくら顔がいいとはえ、相当な努力をしたはずだ。
だからあんなにも怒ったのだろうか。てっきり玉の輿目当ての女だと思っていたのだが、実際の杉野は違うのだろうか。