とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
なんとなく落ち込んだままで、なんとなく気分が晴れない。
雨だからだろうか、外は久しぶりの土砂降りで、ロビーはいつもより心なしか湿気ている。
床は濡れているし、回転扉の内側に置かれている使い終わった傘カバー入れには無造作にビニールの袋が突っ込まれていてなんだか汚い。そんなところも、気分が憂鬱になる原因かもしれない。
────今日は滝川さんいないのかな。
ここ最近滝川の姿を見ていなかった。決まった曜日だけ入っていると言っていたが、他に仕事を掛け持ちしているのだろうか。もしかしたら他のビルの清掃をしているのかもしれない。
なんとなく滝川と話したい気分だった。この間の一件から気分が落ち込んでいてモヤモヤしている。生理前でもあるまいし、歳をとってからか切り替えるのが難しくなってきた。
「今日は少ないねー」
退屈そうに沙織が呟く。確かに今日の来客は少なかった。時間や曜日によって波があるのは仕方ないが、今日は特にだ。
「そういえばさ、あれから御曹司って来た?」
「御曹司?」
「加賀屋の人」
その一言で、ようやく津川の存在を思い出した。今のいままで忘れていた。
「……津川さん?」
「そう。あれ以来見かけないでしょ」
「忙しいんじゃないの? 一応社長なんだし」
正直津川は来ても来なくてもどちらでもいい。だが、今みたいに元気のない時はできれば会いたくないものだ。会ったら余計に疲れそうな気がする。
「掃除人よりは御曹司の方がいいんじゃない?」
「私は職業で人を判断しません」
「そりゃ私だってそうよ。ただ現実問題、その方が苦労しな言って言いたいの」
「御曹司だって苦労するかもしれないでしょ。跡取り問題とか、遺産相続とか、家のしがらみ凄そうだし、しきたりとかうるさそうじゃない」
「ドラマの見過ぎよ。今時そんな家ある?」
「分からないよ。あるかもしれないじゃない」
「じゃあ御曹司に聞いておいてよ。お宅はどうですかって」
「もう、馬鹿みたいなこと言わない。ただでさえ雨で憂鬱なのに余計に────」
美帆はふと回転扉から入って来た人物に視線を向けた。
今しがたの言葉を現実にするかのように、津川は真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
今日は厄日か何かだろうか。何もこんなタイミングでなくたっていいはずだ。
「……こんにちは」
津川は雨でびしょびしょに濡れた傘をビニールの中に突っ込みながら鬱陶しそうに髪をかき上げた。
「今日はついてないな」
「そうですね」
────私もね。
なんて心の中で愚痴を漏らした。
「本日はどんなご用件でしょうか」
「ああ、坂口さんに言われてた資料を持って来たんです」
「……そうですか。ならお預かりしておきましょうか。こちらから坂口さんにお渡ししておきますが」
仕事で来たなら仕方ない。このまま流せば済む話だ。
「杉野サン、なんか元気ないですね」
「この雨ですから。そのせいじゃありませんか」
津川が来なかったらもう少し元気だったと思うが。
よりによってなんでこんな時にこの男は来るのだろう。嫌がらせだろうか。いや流石にそこまで暇ではないはずだが。
「吉川さん。杉野サン借りてもいいですか」
「はい、どうぞ」
「はいって……って、何言ってるんですか!」
美帆はツッコミを入れた。いったいこの二人は何を言っているのだろう。
「ちょうど良かった。会社のことで色々聞きたいことがあったので。じゃあ杉野サン、行きましょうか」
「ちょ……ちょっと、津川さんっ!」
「行ってらっしゃ〜い」
津川は早くこいと手招きするし、沙織はカウンターから追い出そうとするしで大混乱だ。美帆は仕方なく津川についていくことになった。
全く何を考えているか分からない。今日は一体何をするつもりなのだろうか。相変わらず不愉快な男だ。
雨だからだろうか、外は久しぶりの土砂降りで、ロビーはいつもより心なしか湿気ている。
床は濡れているし、回転扉の内側に置かれている使い終わった傘カバー入れには無造作にビニールの袋が突っ込まれていてなんだか汚い。そんなところも、気分が憂鬱になる原因かもしれない。
────今日は滝川さんいないのかな。
ここ最近滝川の姿を見ていなかった。決まった曜日だけ入っていると言っていたが、他に仕事を掛け持ちしているのだろうか。もしかしたら他のビルの清掃をしているのかもしれない。
なんとなく滝川と話したい気分だった。この間の一件から気分が落ち込んでいてモヤモヤしている。生理前でもあるまいし、歳をとってからか切り替えるのが難しくなってきた。
「今日は少ないねー」
退屈そうに沙織が呟く。確かに今日の来客は少なかった。時間や曜日によって波があるのは仕方ないが、今日は特にだ。
「そういえばさ、あれから御曹司って来た?」
「御曹司?」
「加賀屋の人」
その一言で、ようやく津川の存在を思い出した。今のいままで忘れていた。
「……津川さん?」
「そう。あれ以来見かけないでしょ」
「忙しいんじゃないの? 一応社長なんだし」
正直津川は来ても来なくてもどちらでもいい。だが、今みたいに元気のない時はできれば会いたくないものだ。会ったら余計に疲れそうな気がする。
「掃除人よりは御曹司の方がいいんじゃない?」
「私は職業で人を判断しません」
「そりゃ私だってそうよ。ただ現実問題、その方が苦労しな言って言いたいの」
「御曹司だって苦労するかもしれないでしょ。跡取り問題とか、遺産相続とか、家のしがらみ凄そうだし、しきたりとかうるさそうじゃない」
「ドラマの見過ぎよ。今時そんな家ある?」
「分からないよ。あるかもしれないじゃない」
「じゃあ御曹司に聞いておいてよ。お宅はどうですかって」
「もう、馬鹿みたいなこと言わない。ただでさえ雨で憂鬱なのに余計に────」
美帆はふと回転扉から入って来た人物に視線を向けた。
今しがたの言葉を現実にするかのように、津川は真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
今日は厄日か何かだろうか。何もこんなタイミングでなくたっていいはずだ。
「……こんにちは」
津川は雨でびしょびしょに濡れた傘をビニールの中に突っ込みながら鬱陶しそうに髪をかき上げた。
「今日はついてないな」
「そうですね」
────私もね。
なんて心の中で愚痴を漏らした。
「本日はどんなご用件でしょうか」
「ああ、坂口さんに言われてた資料を持って来たんです」
「……そうですか。ならお預かりしておきましょうか。こちらから坂口さんにお渡ししておきますが」
仕事で来たなら仕方ない。このまま流せば済む話だ。
「杉野サン、なんか元気ないですね」
「この雨ですから。そのせいじゃありませんか」
津川が来なかったらもう少し元気だったと思うが。
よりによってなんでこんな時にこの男は来るのだろう。嫌がらせだろうか。いや流石にそこまで暇ではないはずだが。
「吉川さん。杉野サン借りてもいいですか」
「はい、どうぞ」
「はいって……って、何言ってるんですか!」
美帆はツッコミを入れた。いったいこの二人は何を言っているのだろう。
「ちょうど良かった。会社のことで色々聞きたいことがあったので。じゃあ杉野サン、行きましょうか」
「ちょ……ちょっと、津川さんっ!」
「行ってらっしゃ〜い」
津川は早くこいと手招きするし、沙織はカウンターから追い出そうとするしで大混乱だ。美帆は仕方なく津川についていくことになった。
全く何を考えているか分からない。今日は一体何をするつもりなのだろうか。相変わらず不愉快な男だ。