とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-

 帰宅すると、美帆は一番最初にテレビを点けた。リモコンで録画画面を出して、先週から撮り溜めているドラマを再生する。

 オープニングが流れている間にキッチンに行って適当に夕飯の準備をする。チラチラとテレビを確認しながら、鍋の火加減を見た。

 適当に作ったなんちゃって親子丼を持ってテレビの前に行く。ソファに座る頃には、ドラマは序盤から少し進んでいた。

『俺ならお前のこと分かってやれる……!』

 ドラマの中の俳優がヒロインに向かって叫ぶ。主演女優が追い詰められて落ち込んでいるシーンだ。

 美帆は、「────なんか、今日の私と津川さんみたい」と思った。

 しかし、だからと言って津川にときめくわけではない。

 ちょっと慰められたからときめくような、青春時代の自分はどこかへ行ったのだ。

 ヒロインは目を潤ませながら俳優の胸に飛び込む。また次から次へと俳優が甘いセリフをポンポン吐く。これはドラマだから成り立つ演出だ。

 現実世界、こんなことでときめくほど現代人はドラマティックなストーリーの上にいない。御曹司に見染められて結婚もしないし御曹司が貧乏人のふりをしていることもない。記憶喪失になったりもしない。

 だから、津川と自分が付き合うことはない。沙織はそんな展開を期待しているようだが、ドラマの見過ぎは沙織の方だ。

 だが、たとえばもし────津川と滝川、どちらと付き合うかと言われたら、自分はどちらを選ぶだろう。

 人間として魅力的なのは滝川だ。津川みたいに押し付けがましくないし物腰柔らかで丁寧だ。

 顔はどちらも似ているから甲乙つけられない。

 金銭面は圧倒的に津川だが、面倒臭いが勝つのでやはり滝川がいい。

 冷静に判断すると、やはり滝川の方が有利だ。

 だが、恋愛は加点式ではない。現実がどうであれ、心を動かされた方を好きになるだろう。

 ドラマを見ながら美帆は自分と二人がそうなったシーンを想像した。

 けれどドラマのように甘い感情は湧かなかった。多分、二人に対してハッキリと好意を抱いていないからだろう。

 そもそも、気持ちがないのだ。感情を動かされなければ恋愛は始まらない。
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