とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第8話 恋とはある日突然湧くもの
 ────ドキドキしたら恋の始まり? いいえ、きっと更年期障害の始まりだと思う。

 顔面に笑顔を貼り付けたまま、美帆は微動だにせず受付から外を眺めた。

 ロビーにある全面ガラス張りの窓から燦々と光が降り注いでいる。外はいい天気だ。ロータリーの景色も、藤宮コーポレーションのロゴが形取られたモニュメントもはっきりくっきり見える。

 その中に何か探すのを避けるように、ぐるぐる回り続ける回転扉を目で追った。

「美帆、顔怖すぎ」

 隣で沙織が茶茶を入れる。

 美帆はギギギ、と鈍い音でも立ちそうな強張った顔面を沙織の方に向けた。

「失礼ね。スマイル百パーセントじゃない」

「マナー研修所の講師に見せたら百パーセント怒られるよ。眉間に皺寄ってる。顔強ばりすぎ。目が笑ってない」

 ひどい言われようだ。だが、美帆も自覚していた。

 事の発端は津川と一緒に食事してからだ。

「あのさ、沙織」

「何?」

「なんで沙織は私と津川さんをくっつけたがるの?」

 純粋な疑問だ。

 沙織との付き合いは長い。お調子者であっけらかんとしているが、ただ御曹司というだけで恋人を選ぶほど沙織は単純な思考の持ち主ではない。沙織のことだ。何か考えているはずだと思った。

「んー……一番相性良さそうだから、かな」

「相性って……私はともかく、津川さんのこと何も知らないでしょ」

「なんとなく。一緒にいて楽しそうに見えた」

「どこが?」

「イキイキしてる。少なくとも、無理してるようには見えないかな」

 美帆は津川と一緒にいる時の自分のことを思い出した。

 イキイキしていただろうか。どちらかと言えば《《イライラ》》の間違いではないのか。津川と一緒にいると腹が立つことばかりだ。むかっとすることもあるし、もやもやすることもある。恋とはかけ離れたものだ。

「津川さんのことでも考えてたの?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

「悪い人じゃないと思うよ。美帆だって、実はそんなに嫌いじゃないでしょ?」

 否定できなかった。確かに今は以前ほど津川のことが嫌いではない。

 だが、かといって好きになったとは言えなかった。出だしが強烈だっただけに、津川の変貌ぶりについていけない。

 あの時不思議な気持ちになったのは吊り橋効果のようなものではないだろうか。たまたま落ち込んでいたから、津川を少し意識してしまった。それだけのことだ。
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