とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 ────って、俺が楽しんでどうするねん。

 映画を観終わったところで文也は冷静になった。

 動物系の映画なんて見るのではなかった。せっかく買っていたハンバーガーだって、周りの客が感動してシンとしている中で一人むしゃむしゃ食べるわけにもいかない。杉野の言う通りにしておけばよかったと後悔した。

「津川さんは動物好きなんですか」

 つい泣いてしまった文也に、杉野は尋ねた。そういうわけではないが、なんとなく雰囲気に呑まれただけだ。動物は好きでも嫌いでもない。

「別に、どっちでもない。俺動物飼ったことないし」

「すごい泣いてるからそうなんだと思いました」

「泣いてへんわ。目から汗が出ただけや」

「それはそれは。変わった涙腺の持ち主ですね」

 杉野はクスクス笑いを堪えている。そんなにおかしいだろうか。大の男が泣くなんてと思われているのかもしれない。

「おもんなかった? 他のやつの方が良かったんちゃうの」

「そんなことありませんよ。いい映画だったと思います。ただ、私は映画見慣れてるので展開がなんとなく想像できただけです」

 自分ばかり泣いて馬鹿みたいだ。今日は杉野を元気付けようと思って誘ったのにこれでは意味がない。

 いや、そもそもそれが間違っていたのではないだろうか。自分は杉野から会社の情報を聞き出すことを目的としている。それなのにデートなんてしている場合ではない。早く会社を取り戻して元の生活に戻りたいのだ。映画を見て号泣している場合なんかではない。

「あの……今日はありがとうございました」

 映画館を出てぶらぶら歩いていたところで杉野が切り出した。

「うん? ああ、俺こそありがとうな」

「滝川さんには私からフォロー入れておきます」

 文也はなんとなく、その一言が引っかかった。

 今更だが、自分は「滝川」の代役だ。映画は楽しかったが、杉野の頭に中にあったのは自分ではなく「滝川」なのではないか。だからあまり楽しんでいなかったのだろうか。

「……あのさ」

「はい?」

「杉野サンは、なんで滝川と映画観に行こうとしたん」

 誘ったのは「滝川」だ。誘いに応じるということは、杉野は滝川に好意を持っているということになる。大なり小なり、確実に。

 では、自分が誘ったらどうだっただろう。杉野はそれでもデートに来ただろうか。ふと疑問に思った。

「それは……別に深い意味なんてありません。ただの気分転換です」

「じゃあ、俺が誘っても来た?」

「なんで私が津川さんと出かけなきゃならないんですか。これっきりに決まってます」

 杉野はムッとしながらまた毒舌を吐いた。

 だろうな、と納得した。分かりきっていた答えだ。杉野は自分を嫌っているのだから、誘いに応じるわけがない。

 なぜかショックだった。自分は嫌われているしいつもあしらわれている。映画じゃなくても来なかっただろう。

 ただ。杉野の一言がこの楽しかった時間を否定しているように聞こえて、余計に虚しさを感じた。

 楽しんでいたのは自分だけだ。杉野はそうじゃなかった。

「相変わらず毒舌やな」

 文也は寂しさを笑って誤魔化した。

 一緒にいる間に情が移ってしまったのだろうか。杉野はただのターゲットだ。それ以上でも以下でもない。一緒にいて楽しいなんて、思うべきではなかった。
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