とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
「津川文也」と「滝川文太」の二足の草鞋(わらじ)生活を始めてしばらく経った。

 会社が恐ろしく忙しくなったせいか、最近は寝る暇もない。

 有難い話だが、文也は手放しで喜ぶことは出来なかった。

 清掃員の仕事はシフト制で、週に何度かと決めている。これも大事な仕事だが、《《本業》》が忙しくなったせいでその時間を削らなければならないほど時間に余裕がない。

 正直なところ杉野と映画など見ている場合ではなかった。

 取引先との商談を終わらせた後、文也は休憩がてら近くにあったチェーン店のカフェに入った。昼食の時間帯よりかなり遅れてしまった十五時。遅い昼休憩だ。

 だが、正直食欲よりも眠気の方が勝っていた。

 コーヒーだけ頼んでぼーっと物思いにふける。やらなければならないことが山ほどあるのに、体がひとつしかないから進むのは遅い。

 この後は会社に戻って会議をして次のシステム開発のことを話し合わなければならない。その後は取引先が来社予定で────。頭の中でスケジュールを反復させる。かなり先までびっちり埋まったスケジュールだ。

 ふと、文也のスマホが鳴った。正確には、文也個人ではなく会社用に使っているスマホだ。「滝川文太」として杉野とのやりとりしている方のスマホ。

 文也は画面を見ていささか意識を覚醒させた。メッセージは杉野からだ。

『こんにちは。この間のことは気にしないでくださいね。またいきましょう。最近あまり見かけませんが、お仕事が忙しいのでしょうか? お互い無理せず頑張りましょう』

 メッセージには滝川を気遣う文章が書かれていた。文也はそれを見てまた落ち込んだ。

 ────めっちゃ優しいやん。俺とは大違いや。

 同一人物だというのに滑稽だ。片方は嫌われ、片方は好かれている。最初のあの誤解さえなければ杉野とはもっといい関係を築けたはずなのに。

 今更考えても仕方ない話。そんなことより、今はこの仕事をどうにかすることを考えなければ。
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