とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
「もうっなんで私には彼氏が出来ないの!」

 美帆はビールジョッキを思い切りテーブルに叩きつけた。幸い、中身はもう入っていなかったのでビールは溢れていない。

 ただ、目の前に座って美帆の酒に付き合っていた詩音は困った様子で笑っていた。

「み、美帆さん、落ち着いてください」

「落ち着いてられるわけないじゃない。同僚は全員彼氏か旦那持ち。独り身は私だけ。やっぱり私には恋愛なんて無理なんだ……」

「そんなことないですって。出会いがないだけで、美帆さんのこと好きになる男の人がどこかに────」

「どこかって、どこ」

「それは……地球上の、どこかです」

 美帆は大きなため息をついた。

 詩音の言う通り、探せば地球上のどこかにはいるだろう。だが、美帆だって暇ではない。男のために目の色変えてあちこち旅するなんてしたくなかった。というかそんな広い範囲探すのは無理だ。

「詩音ちゃん、ちょっとダメ出ししてよ。私頑張って直すから」

「ええっ、そんな……別にないですよダメ出しするところなんか」

「何言ってるの。あるから彼氏が出来ないんじゃない」

「美帆さんの場合、候補の男の人をもうちょっと選んだほうがいいんじゃないですか? スペックで振られるなんて、そもそも好きじゃないんですよ」

 そうかもしれない。だが、この歳になったら感情ばかりでは恋愛してもいられない。

 付き合っていれば結婚が付き纏うだろうし、将来のことを考えて長い目で見ればスペックは大事だ。自分ではなく、相手の。

 だが、美帆の場合「自分の」スペックが嫌煙されている。

「そうですねぇ、あえて言うなら……美帆さんはしっかりしすぎてるところがありますから、隙を見せるとか」

「隙なんて二十代の頃に捨てたけど」

「……あとは、男の人に頼ってみるとか」

 美帆は自分が「お願いダーリン」と言っている姿を想像した。吐き気がしたのですぐにやめた。その可愛げも二十代の頃に捨てたものだ。

「……三十路の私には縁遠いものばっかりよ」

「もう! そんなこと言ってたら延々と彼氏なんてできませんよ! いいですか、美帆さんは高嶺の花すぎるんです! ちょっと儚げなところとか手が届きそうなところ演出しないと男の人は寄ってきませんよ!」

「高嶺の花って、三十路に向かって何をそんな……」

「三十路三十路言わないっ! そうやって自分を卑下してちゃ寄ってくるものも寄ってきません! もっと自信持ってくださいっ」

 世間一般の三十路は一体どう過ごしているだろうか。おそらく、自分よりは楽しく過ごしているはずだ。

 一人で家に帰って寂しく晩酌することもなければ、いもしない彼氏と行きたい飲食店の前で一人足踏みすることもない。

 この歳になれば周りは結婚し始めて気軽に遊びにも誘えないし、二十代の頃のように旅行にも誘えない────。

「おひとりさま」なんてものを謳歌しているのは、ごくごく一部の話だ。
< 5 / 158 >

この作品をシェア

pagetop