とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
仕事が終わり、美帆はこの間と同じ待ち合わせ場所に向かった。
滝川の仕事が終わるにはまだもう少し掛かる。それまで適当にぶらぶらして、時間になったら待ち合わせ場所に行こうと思った。
しかし、滝川は清掃員だというのに随分忙しそうだ。夜間清掃ということは、会社以外の場所だろうか。
美帆は、ふと自分が滝川のことをほとんど知らないことに気が付いた。食事は何度かしたが、滝川のプライベートについてはあまり聞いていない。
津川と親戚ということは、家は金持ちなのか。だが、ああして清掃員をしているのは、何か事情があるのだろうか。
そもそも、正社員かアルバイトかも聞いていない。もしかしたら家が借金をしていて、そのせいで清掃員の仕事をしてるとか────などと妄想してみたが、本当のところは分からない。
そして、津川もだ。実家が津川商事ということは聞いているが、津川から家のことを聞いたことはほぼない。金持ちの家のことは分からないが、庶民には考えられない苦労があるのだろう。
時間が来たので待ち合わせの場所へ向かった。滝川は既に着いていた。
一見津川商事の親戚だとは思えない普通の青年らしい装い。そういえば、津川の私服は見たことがないと思った。
「ごめんなさい。待ち合わせまで時間があったのでうろうろしていて……待ちませんでしたか?」
「さっき来たばかりですから大丈夫ですよ」
滝川の顔色は昼間見た時より悪いように見えた。この場所が暗いからだろうか。いや、そうではない。本当に具合が悪そうだ。
「滝川さん。本当に大丈夫ですか。具合が悪いんじゃありませんか」
「大丈夫ですよ。ただの寝不足ですから」
「大丈夫な訳ないじゃないですか。そんな死にそうな顔して」
流石に見過ごせなかった。このまま出歩いて具合が悪くなったら大変だ。
「今日はもう帰りましょう。早く寝た方がいいです」
「駄目です。約束しましたから。それにこれぐらいじゃ倒れたりしません」
「でも……」
「楽しみにしてたんです。杉野さんとの時間」
滝川は無理だと分かるような笑顔を浮かべた。多分、滝川の具合がこんなに悪そうでなければもっとときめいたかもしれないが、今そんなことを考えたら不謹慎な気がした。
滝川がこんなに楽しみにしてくれていたなら帰るのはなんだか申し訳ない。だが、体調は心配だ。
ゆっくりできる店があればいいが、あまりうるさ過ぎないカジュアルな店などあるだろうか。
「────あ。滝川さん、いいところあります」
「どこです?」
「漫画喫茶です。静かですし休めますし、ご飯も食べれます」
妙案だ、と思ったがデートで行くような場所ではないかもしれない。しかも、大の大人が。滝川は満喫に行くようには見えない。だからか、この提案をしたことに驚いているようだった。
「すみません。変な提案しちゃって」
「……杉野さんはそういう場所は平気なんですか?」
「はい、昔はよく行ってましたよ。漫画もよく読んでましたし全然平気です。でも、滝川さんが苦手だったらやめましょう」
「いや……俺も昔はよく行ってました。でも、そんなところ行ったら寝るかもしれませんよ」
「いいですよ。私は漫画読んでます。まあ、一緒にいる意味はあまりないかもしれませんけど……」
「久しぶりだし、行ってみましょう」
美帆はスマホで一番近い満喫を探した。調べてみると徒歩五分圏内に一件店舗があった。
以前満喫に行ったのは大学生の時だから、だいぶん様変わりしているかもしれない。学生時代はよく学友たちと遊びに行ったものだが、まさか滝川と行くことになるとは思わなかった。どちらかといえば、津川の方が行ってそうに見える。
満喫に着いたが、昔と雰囲気はあまり変わらなかった。薄暗い店内に僅かに聞こえるBGM。これぐらいなら滝川もゆっくりできるだろう。
会員登録を済ませ、二番目に広い部屋にした。一番広い部屋は五人以上いないと借りれなかった。それでも、この部屋も五畳ぐらいはある。
隣には同じ部屋が連なっていて、中身はほとんど同じらしい。床から一段上がったところに黒いクッションの床が敷かれていてパソコンは二台置かれている。一般的な漫喫のようだ。
美帆はブランケットを二つ借りた。滝川が寝るかもしれないと思ったからだ。
「昔とあまり変わってないですね」と滝川は言った。
「滝川さんもよく来てたんですか?」
「友達とたまに。勉強するって言って入ったんですけど、結局漫画読んだりしてましたね」
ブース内にあったパソコンで食事を頼み、ドリンクコートに行って飲み物を選んだ。満喫に来るのが久しぶりだから、飲み物を選ぶことも新鮮に思える。
「楽にしていいですか」どう座ろうかと考えていると滝川が言った。座椅子はあるが、かなり楽な姿勢になるためどうしようか迷っていたところだった。
「それはもちろん。私もちょっと行儀悪いですけど足崩させてもらいます」
満喫に来たのに断るなんて変な気もするが、滝川とだからなんとなく躊躇われた。津川だったら多分、あまり考えなかったかもしれない。
────って、私また津川さんのこと考えてる。
滝川と津川が似ているからなのか、それともこの間の津川のことが印象に残っているからなのか。
滝川の仕事が終わるにはまだもう少し掛かる。それまで適当にぶらぶらして、時間になったら待ち合わせ場所に行こうと思った。
しかし、滝川は清掃員だというのに随分忙しそうだ。夜間清掃ということは、会社以外の場所だろうか。
美帆は、ふと自分が滝川のことをほとんど知らないことに気が付いた。食事は何度かしたが、滝川のプライベートについてはあまり聞いていない。
津川と親戚ということは、家は金持ちなのか。だが、ああして清掃員をしているのは、何か事情があるのだろうか。
そもそも、正社員かアルバイトかも聞いていない。もしかしたら家が借金をしていて、そのせいで清掃員の仕事をしてるとか────などと妄想してみたが、本当のところは分からない。
そして、津川もだ。実家が津川商事ということは聞いているが、津川から家のことを聞いたことはほぼない。金持ちの家のことは分からないが、庶民には考えられない苦労があるのだろう。
時間が来たので待ち合わせの場所へ向かった。滝川は既に着いていた。
一見津川商事の親戚だとは思えない普通の青年らしい装い。そういえば、津川の私服は見たことがないと思った。
「ごめんなさい。待ち合わせまで時間があったのでうろうろしていて……待ちませんでしたか?」
「さっき来たばかりですから大丈夫ですよ」
滝川の顔色は昼間見た時より悪いように見えた。この場所が暗いからだろうか。いや、そうではない。本当に具合が悪そうだ。
「滝川さん。本当に大丈夫ですか。具合が悪いんじゃありませんか」
「大丈夫ですよ。ただの寝不足ですから」
「大丈夫な訳ないじゃないですか。そんな死にそうな顔して」
流石に見過ごせなかった。このまま出歩いて具合が悪くなったら大変だ。
「今日はもう帰りましょう。早く寝た方がいいです」
「駄目です。約束しましたから。それにこれぐらいじゃ倒れたりしません」
「でも……」
「楽しみにしてたんです。杉野さんとの時間」
滝川は無理だと分かるような笑顔を浮かべた。多分、滝川の具合がこんなに悪そうでなければもっとときめいたかもしれないが、今そんなことを考えたら不謹慎な気がした。
滝川がこんなに楽しみにしてくれていたなら帰るのはなんだか申し訳ない。だが、体調は心配だ。
ゆっくりできる店があればいいが、あまりうるさ過ぎないカジュアルな店などあるだろうか。
「────あ。滝川さん、いいところあります」
「どこです?」
「漫画喫茶です。静かですし休めますし、ご飯も食べれます」
妙案だ、と思ったがデートで行くような場所ではないかもしれない。しかも、大の大人が。滝川は満喫に行くようには見えない。だからか、この提案をしたことに驚いているようだった。
「すみません。変な提案しちゃって」
「……杉野さんはそういう場所は平気なんですか?」
「はい、昔はよく行ってましたよ。漫画もよく読んでましたし全然平気です。でも、滝川さんが苦手だったらやめましょう」
「いや……俺も昔はよく行ってました。でも、そんなところ行ったら寝るかもしれませんよ」
「いいですよ。私は漫画読んでます。まあ、一緒にいる意味はあまりないかもしれませんけど……」
「久しぶりだし、行ってみましょう」
美帆はスマホで一番近い満喫を探した。調べてみると徒歩五分圏内に一件店舗があった。
以前満喫に行ったのは大学生の時だから、だいぶん様変わりしているかもしれない。学生時代はよく学友たちと遊びに行ったものだが、まさか滝川と行くことになるとは思わなかった。どちらかといえば、津川の方が行ってそうに見える。
満喫に着いたが、昔と雰囲気はあまり変わらなかった。薄暗い店内に僅かに聞こえるBGM。これぐらいなら滝川もゆっくりできるだろう。
会員登録を済ませ、二番目に広い部屋にした。一番広い部屋は五人以上いないと借りれなかった。それでも、この部屋も五畳ぐらいはある。
隣には同じ部屋が連なっていて、中身はほとんど同じらしい。床から一段上がったところに黒いクッションの床が敷かれていてパソコンは二台置かれている。一般的な漫喫のようだ。
美帆はブランケットを二つ借りた。滝川が寝るかもしれないと思ったからだ。
「昔とあまり変わってないですね」と滝川は言った。
「滝川さんもよく来てたんですか?」
「友達とたまに。勉強するって言って入ったんですけど、結局漫画読んだりしてましたね」
ブース内にあったパソコンで食事を頼み、ドリンクコートに行って飲み物を選んだ。満喫に来るのが久しぶりだから、飲み物を選ぶことも新鮮に思える。
「楽にしていいですか」どう座ろうかと考えていると滝川が言った。座椅子はあるが、かなり楽な姿勢になるためどうしようか迷っていたところだった。
「それはもちろん。私もちょっと行儀悪いですけど足崩させてもらいます」
満喫に来たのに断るなんて変な気もするが、滝川とだからなんとなく躊躇われた。津川だったら多分、あまり考えなかったかもしれない。
────って、私また津川さんのこと考えてる。
滝川と津川が似ているからなのか、それともこの間の津川のことが印象に残っているからなのか。