とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第11話 気が付けばそこにあるもの
文也はご機嫌だった。仕事もひと段落して落ち着いてきたし、自社が開発している通信機器を藤宮コーポレーションに提案したところ、試しだが一年契約を結んでくれることになった。
忙しい生活は相変わらずだが、ライバル企業に認められると自分の価値も上がったような気分になった。
そして、それとは別にごきげんの理由がもう一つあった。杉野との関係が改善したことだ。
嫌われていると思っていたが、それはいつのまにか変わっていたらしい。やはりあの時素直に謝っておいてよかったと思った。
出会った頃から杉野は少しづつ変わっている。どこか壁を感じていた態度も、最近はすっかり崩れてきた。呆れたように怒るところも、困り果てて拗ねるところも、時々、優しい顔をして笑うところも、最初の頃にはなかったものだ。それは確かに、彼女が心を開いている証拠だと感じた。
ただ分からないことがあった。
杉野は滝川を気に入っていると思っていた。今もそう思っている。
なら、自分は一体なんなのだろう。デートに行ってもいいと思ったということは嫌いではないはずだ。正直、好意があるんじゃないかと誤解しそうになったこともある。
だが同時に二人を好きになるなんて真面目な彼女はしないだろう。それなら、杉野は一体どちらが好きなのか。
────アホくさ。どっちも俺やんけ。
そんな面倒くさいことは考えるだけ無駄だ。それより今はもっと別のことを考えなければ。
午前中取引先のところを何件か回って、昼過ぎにようやく終わった。このまま適当に外で昼食を取って会社に戻るか。そう思ったところで、ふと思い立った。
ここから藤宮の会社は電車で二駅ほどだ。特に用事はないが、杉野が空いていたら昼にでも誘ってみようか────。
思い立ったらすぐ行動だ。文也はすぐに向かった。
受付に着くと杉野はいなかった。別の受付嬢がいた。見たことがある。確か吉川とか言った。杉野と仲が良かった受付嬢だ。
吉川は早速文也に気がついた。顔を覚えているのだろう。
「こんにちは津川さん。美帆ですか?」
「さすが、早いですね。今日はいないんですか?」
「申し訳ありません。今ちょっと上に呼ばれていて……多分すぐ戻ってくると思うんですけど」
「そうですか……なら、待ってみます。空いていたらお昼に誘おうと思って」
「津川さんはストレートですね」
吉川はクスクスと笑った。なんだか嬉しそうだ。
「杉野さん、鬱陶しがっているでしょう」
「さぁ、どうでしょう。最近はそうでもないと思いますよ」
「そうですか?」
「美帆はああ見えて素直な子です。ただ気付いていないだけで」
「……そうですかね」
「はい。津川さんも、そういう美帆が好きでしょう?」
────好き?
文也はその言葉に疑問を抱いた。自分が杉野のことが好き? そんなことは考えたことがない。いや、本当にそうだろうか。
考えないようにしていただけで、その想いはハッキリと胸の中にあった。
だってそうだ。杉野に嫌われていると思っていた。それに自分は────。
「えっ、津川さん!?」
驚いた声がした。ふと見ると、杉野がいた。どうやら用事を終えて戻ってきたらしい。
「どうかなさったんですか」
近付いてくる杉野に、咄嗟に言葉が出ない。今までは普通に話せていたのに、どうしてこうも緊張するのか。
「美帆、お昼まだでしょう? 津川さんと一緒にどこか行ってきたら?」
「え、でも私制服着てるし。外は……」
「じゃあ、店に入らないでどこかで買って食べませんか」
追撃の言葉を掛けると、杉野は少し悩んだあと頷いた。文也はようやく安心した。
「じゃあ、外に出てくるね」
「行ってらっしゃい」
杉野は吉川に声を掛けていきましょう、と外に向かった。
忙しい生活は相変わらずだが、ライバル企業に認められると自分の価値も上がったような気分になった。
そして、それとは別にごきげんの理由がもう一つあった。杉野との関係が改善したことだ。
嫌われていると思っていたが、それはいつのまにか変わっていたらしい。やはりあの時素直に謝っておいてよかったと思った。
出会った頃から杉野は少しづつ変わっている。どこか壁を感じていた態度も、最近はすっかり崩れてきた。呆れたように怒るところも、困り果てて拗ねるところも、時々、優しい顔をして笑うところも、最初の頃にはなかったものだ。それは確かに、彼女が心を開いている証拠だと感じた。
ただ分からないことがあった。
杉野は滝川を気に入っていると思っていた。今もそう思っている。
なら、自分は一体なんなのだろう。デートに行ってもいいと思ったということは嫌いではないはずだ。正直、好意があるんじゃないかと誤解しそうになったこともある。
だが同時に二人を好きになるなんて真面目な彼女はしないだろう。それなら、杉野は一体どちらが好きなのか。
────アホくさ。どっちも俺やんけ。
そんな面倒くさいことは考えるだけ無駄だ。それより今はもっと別のことを考えなければ。
午前中取引先のところを何件か回って、昼過ぎにようやく終わった。このまま適当に外で昼食を取って会社に戻るか。そう思ったところで、ふと思い立った。
ここから藤宮の会社は電車で二駅ほどだ。特に用事はないが、杉野が空いていたら昼にでも誘ってみようか────。
思い立ったらすぐ行動だ。文也はすぐに向かった。
受付に着くと杉野はいなかった。別の受付嬢がいた。見たことがある。確か吉川とか言った。杉野と仲が良かった受付嬢だ。
吉川は早速文也に気がついた。顔を覚えているのだろう。
「こんにちは津川さん。美帆ですか?」
「さすが、早いですね。今日はいないんですか?」
「申し訳ありません。今ちょっと上に呼ばれていて……多分すぐ戻ってくると思うんですけど」
「そうですか……なら、待ってみます。空いていたらお昼に誘おうと思って」
「津川さんはストレートですね」
吉川はクスクスと笑った。なんだか嬉しそうだ。
「杉野さん、鬱陶しがっているでしょう」
「さぁ、どうでしょう。最近はそうでもないと思いますよ」
「そうですか?」
「美帆はああ見えて素直な子です。ただ気付いていないだけで」
「……そうですかね」
「はい。津川さんも、そういう美帆が好きでしょう?」
────好き?
文也はその言葉に疑問を抱いた。自分が杉野のことが好き? そんなことは考えたことがない。いや、本当にそうだろうか。
考えないようにしていただけで、その想いはハッキリと胸の中にあった。
だってそうだ。杉野に嫌われていると思っていた。それに自分は────。
「えっ、津川さん!?」
驚いた声がした。ふと見ると、杉野がいた。どうやら用事を終えて戻ってきたらしい。
「どうかなさったんですか」
近付いてくる杉野に、咄嗟に言葉が出ない。今までは普通に話せていたのに、どうしてこうも緊張するのか。
「美帆、お昼まだでしょう? 津川さんと一緒にどこか行ってきたら?」
「え、でも私制服着てるし。外は……」
「じゃあ、店に入らないでどこかで買って食べませんか」
追撃の言葉を掛けると、杉野は少し悩んだあと頷いた。文也はようやく安心した。
「じゃあ、外に出てくるね」
「行ってらっしゃい」
杉野は吉川に声を掛けていきましょう、と外に向かった。