とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 文也と杉野は会社を出てチェーン店のカフェに入った。中で食べるつもりはない。テイクアウトしてどこかで食べようと思った。

 杉野は制服を着ているからなんだか居心地が悪そうだ。藤色の制服はよく目立つ。見る人が見たら藤宮コーポレーションの受付嬢だと分かるだろう。

「杉野サン、何食べる?」

「じゃあ、デニッシュロールとクロワッサン……あとアイスティーで」

「そんなんで足りるん? パンばっか食ってたら途中で腹減るで」

「私はあまり動きませんから大丈夫です」

「まぁええわ。俺が買うから余ったら食ってええで」

「なんですかそれ」

 昼食を買ってカフェを出た。この近くに座って食べれそうな場所はあるだろうか。探せばあるだろうが、そういう目的で探したことがないからあまり分からない。

「この辺で座れるところって知ってる?」

「座れるところ……それなら、すぐそこに公園がありますけど」

「じゃ、そこ行こ」

 杉野の案内でそこまで歩いた。公園はすぐ近くにあった。藤宮の会社から歩いて数分の場所だ。

 お昼時は過ぎていたため人は少ない。これなら杉野も気にせず食事できるだろう。

 適当な場所にあったベンチの腰掛け、先ほど買ったカフェの包みを開ける。

「それにしても突然だから驚きました。あ、でも津川さんはいつも突然でしたね」

「嫌味かい。たまたま近く寄ったから杉野サンがおるかなって思っただけや」

「……そうですか」

 杉野はツンとした態度で先ほど買ったアイスティーに口を付けた。この間は優しかったと思ったのに、またこの態度だ。やっぱり嫌われているのだろうか。

「相変わらず仕事は忙しそうやな」

「……ええ」

「どうしたん? なんかあったんか?」

 杉野の様子がなんだか変だ。今日は元気がないように見える。突然来たことを怒っているのだろうか。それとは違う気がした。

「……実はさっき社長と話をしたんです」

「社長と?」

「仕事のことで相談を受けたんですけど、秘書課に興味はないかって……」

「それは────」

 秘書課ともなれば昇進と同じだ。杉野はすでに主任だが、総務課のまま昇進は難しい。秘書課に行った方が確実にキャリアアップ出来るだろう。

 いい話だ。杉野にとっても、文也にとっても。

 杉野が秘書課に行けば役員とかなり近い距離になる。その方が情報を仕入れやすい。だが、杉野は受付からいなくなる。

 ────俺は何を心配してるねん。

 文也の胸にふと不安がよぎる。ターゲットが遠ざかって困るだけだ。それ以外はない。

「よかったやんか。秘書課の方が待遇いいやろし、受けた方がええって」

 何か言葉を掛けなくては。そう思っものの、あまり感情はこもらなかった。祝うべきだと分かっているのに、心のどこかで寂しさを感じた。

 文也の言葉を聞いた杉野はにっこりと口角を上げた。いつぞや見た、あのぎこちない完璧なスマイルだ。

「そうですね。津川さんとも会わずに済みますから」

 いつもの毒舌なのに、今日はなぜだか傷付いた。あんな言葉言わなければ良かったと後悔した。
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