とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
それからずっと杉野のことが頭を離れなかった。
杉野の昇進を喜べないことがなんだか嫌で、冷静になろうとしばらく藤宮の会社に行くことをやめた。
ここ最近、自分はどうかしている。杉野のことばかり考えるようになった。
彼女はターゲットだ。それ以上でも以下でもない。ターゲットを好きになってれば世話はない。
「社長、今日は藤宮に行かなくてもいいんですか?」
なんとなく出かける気になれず事務所で仕事していると、事務員の武井小梅に話しかけられた。
最も大口の取引先である藤宮コーポレーションは社長の文也が直接対応すると社員は全員知っていた。だから不思議に思ったのだろう。
「あー……うん、せやな。行かなあかんな」
「珍しいですね。社長が藤宮の予定忘れるなんて」
忘れてはいない。ただなんとなく行きづらいだけだ。ぼんやりと自覚してしまった杉野への気持ちと計画の狭間で板挟みになっている。
文也は重い腰を上げて準備を始めた。
杉野に会うことが億劫だったが、いざ受付に行ってみると杉野はいなかった。珍しいと思いながら別の受付嬢、原田に尋ねた。
「……今日は杉野さんはいないんですか?」
「あ、そうなんです。杉野さんはちょっと今日別の部署に────」
まさか、もう転課したのだろうか。いや、早すぎる。恐らく手伝いだろう。
文也は上に通されたものの、なんとなくソワソワしながら仕事に取り掛かった。その間もずっと杉野のことが気になっていた。
まさか自分があんな言葉を掛けたから秘書課に行ったのだろうか。それは杉野の希望なのだろうか。
以前、杉野は仕事のことで悩んでいた。詳細は聞いていないが、うまくやっているように見える杉野も悩むことがあるのだろう。
受付嬢をしていれな色々噂されることもあるだろうし、いいことばかりではないはずだ。それなら秘書課に行ってキャリアアップした方が遥かにいい。
だが、それを選ぶということは自分のことになどカケラも興味がないということにならないか? それなら喜べるはずもない。
仕事終わらせて担当者に挨拶していると、ふとフロアが騒がしくなった。なんだと思って顔を向けると、見知った人物がいた。
そこにいたのは杉野と社長秘書の青葉だった。このフロアに何か用事があるのか、杉野は青葉秘書から何か説明を受けているようだった。
「ああ、秘書の青葉さんと受付の杉野さんですよ」
文也が見ていたことに気が付いたのか、担当者が説明してくれた。だが、文也はその情報をすでに知っていた。
遠巻きに見る杉野はやっぱり綺麗だ。立っているだけで華がある。
そして、その横に立つ青葉秘書もかなり容姿端麗だ。物腰柔らかそうな顔つき、ヒールを履いた杉野より十センチほど高い身長、秘書としてのそつない身のこなしはより彼女を引き立てていた。
一言で言うなら「お似合いの二人」だ。フロアの社員たちがざわつくのも分かる。
しかし、文也はただイライラしただけだった。他の人間とは明らかに違う感情を抱え、仲睦まじく話す二人をじっと見つめた。
────なんやねんアイツ。やけに馴れ馴れしいやん。
青葉秘書が元々杉野と仲がいいことは知っていた。それこそ、杉野が青葉秘書を狙っていると噂が立っていることも。今までは気にならなかったことなのに、どうして今更気になるのか。
二人の仲がいいなら文也の計画には大変都合がいい。その方がより情報を手に入れやすい。だから杉野には青葉秘書と親しくしてもらわなければならない。
メリットはたくさんあるのになぜこんなにムカついているのだろう。
────こんなん、完全に嫉妬やんか。
遠巻きに二人を見た。そのうち二人は一緒にフロアから出て行って、なんだか取り残されたような気分になった。
杉野の昇進を喜べないことがなんだか嫌で、冷静になろうとしばらく藤宮の会社に行くことをやめた。
ここ最近、自分はどうかしている。杉野のことばかり考えるようになった。
彼女はターゲットだ。それ以上でも以下でもない。ターゲットを好きになってれば世話はない。
「社長、今日は藤宮に行かなくてもいいんですか?」
なんとなく出かける気になれず事務所で仕事していると、事務員の武井小梅に話しかけられた。
最も大口の取引先である藤宮コーポレーションは社長の文也が直接対応すると社員は全員知っていた。だから不思議に思ったのだろう。
「あー……うん、せやな。行かなあかんな」
「珍しいですね。社長が藤宮の予定忘れるなんて」
忘れてはいない。ただなんとなく行きづらいだけだ。ぼんやりと自覚してしまった杉野への気持ちと計画の狭間で板挟みになっている。
文也は重い腰を上げて準備を始めた。
杉野に会うことが億劫だったが、いざ受付に行ってみると杉野はいなかった。珍しいと思いながら別の受付嬢、原田に尋ねた。
「……今日は杉野さんはいないんですか?」
「あ、そうなんです。杉野さんはちょっと今日別の部署に────」
まさか、もう転課したのだろうか。いや、早すぎる。恐らく手伝いだろう。
文也は上に通されたものの、なんとなくソワソワしながら仕事に取り掛かった。その間もずっと杉野のことが気になっていた。
まさか自分があんな言葉を掛けたから秘書課に行ったのだろうか。それは杉野の希望なのだろうか。
以前、杉野は仕事のことで悩んでいた。詳細は聞いていないが、うまくやっているように見える杉野も悩むことがあるのだろう。
受付嬢をしていれな色々噂されることもあるだろうし、いいことばかりではないはずだ。それなら秘書課に行ってキャリアアップした方が遥かにいい。
だが、それを選ぶということは自分のことになどカケラも興味がないということにならないか? それなら喜べるはずもない。
仕事終わらせて担当者に挨拶していると、ふとフロアが騒がしくなった。なんだと思って顔を向けると、見知った人物がいた。
そこにいたのは杉野と社長秘書の青葉だった。このフロアに何か用事があるのか、杉野は青葉秘書から何か説明を受けているようだった。
「ああ、秘書の青葉さんと受付の杉野さんですよ」
文也が見ていたことに気が付いたのか、担当者が説明してくれた。だが、文也はその情報をすでに知っていた。
遠巻きに見る杉野はやっぱり綺麗だ。立っているだけで華がある。
そして、その横に立つ青葉秘書もかなり容姿端麗だ。物腰柔らかそうな顔つき、ヒールを履いた杉野より十センチほど高い身長、秘書としてのそつない身のこなしはより彼女を引き立てていた。
一言で言うなら「お似合いの二人」だ。フロアの社員たちがざわつくのも分かる。
しかし、文也はただイライラしただけだった。他の人間とは明らかに違う感情を抱え、仲睦まじく話す二人をじっと見つめた。
────なんやねんアイツ。やけに馴れ馴れしいやん。
青葉秘書が元々杉野と仲がいいことは知っていた。それこそ、杉野が青葉秘書を狙っていると噂が立っていることも。今までは気にならなかったことなのに、どうして今更気になるのか。
二人の仲がいいなら文也の計画には大変都合がいい。その方がより情報を手に入れやすい。だから杉野には青葉秘書と親しくしてもらわなければならない。
メリットはたくさんあるのになぜこんなにムカついているのだろう。
────こんなん、完全に嫉妬やんか。
遠巻きに二人を見た。そのうち二人は一緒にフロアから出て行って、なんだか取り残されたような気分になった。