とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
一週間を過ぎた頃、沙織が新婚旅行から帰ってきた。
更衣室でお土産がたんまりと入った紙袋を突き出しながら、沙織は笑顔で言った。
「ごめんね。長い間休んじゃって」
「いいって。一生に一回だもの。楽しめた?」
「そりゃあ、もう」
沙織はハワイ近辺を廻ると言っていたが、どんなことをしたのだろうか。美帆と一緒に行った女子旅のようなものではないことだけは確かだ。
沙織は幸せそうだ。美帆は寂しい気持ちだったが、表情にはおくびにも出さなかった。沙織が喜んでいるのだから祝わなくては。いずれは訪れることなのだから。
「そうそう、聞いてよ美帆。朗報!」
美帆は受け取ったお土産をロッカーに仕舞い、着替えながら返答した。
「なに?」
「実くんの友達がね、美帆のこと気に入ったみたい。連絡先教えて欲しいって言ってるんだけど、教えてもいい?」
「え?」
「実くんのより二歳年上の先輩で、独身! しっかりしてていい人だって」
沙織の補足説明を聞きながら美帆は結婚式の会場を思い出した。
別のテーブルには新郎の会社関係の人間が招待されていたが、そんないい人はいただろうか。喋っていないので分からない。
「うーん……」
「どう?」
「……やめておく」
「どうして? 性格もいいし収入もあるし顔も悪くない。言うことないと思うけど」
確かに悪くない条件だ。だが、なんとなく気が進まなかった。
がっついていると思われるのも嫌だし、結婚式で出会った新郎の友人とそのまま恋人になる────。よくある展開だが、その気が起きない。
「そういう人だとなんとなく、遠慮なくしちゃって恋愛出来る自信ない。旦那さんの上司でしょ? 何かあった時困るし……」
「それはそうかもしれないけど……ご縁がありませんでした、さようならでいいじゃない。それとも、好みが違うの? どんなのがタイプ?」
「好みかぁ……」
最低限、職業や経歴で人を判断しない人がいい。もちろん格好よければ言うことなしだが、それだけでは人は選べない。
着替えて一階ロビーに向かった。毎日恒例のミーティングだ。
スケジュール表を取り出しながら、美帆は視界の端に映った《《それ》》に気が付いた。
毎朝フロアの掃除をしている清掃員達だ。これからこのフロアを回るのだろう。それぞれが大きなワゴンを押していた。
「おはようございます」
美帆はいつものように挨拶をした。清掃員であっても取引先だ。いつもと対応は変わらない。
ただ、今日の清掃員はいつもと違った。美帆が挨拶すると、三人いたうちの一人の男性が爽やかな笑顔を向け、挨拶を返した。
「おはようございます」
見ない顔だった。いつも来ている中年の女性ではない。新人だろうか。
青色の制服に身を包み、グレーの帽子を被っている。年齢はおそらく二十代から三十代手前。清掃員にしては整った顔立ちの男性だった。
────珍しい顔。あんまり清掃員っぽくないな。
清掃は外注で頼んでいる。確か藤宮グループの子会社だったはずだ。
「なあに、美帆。どうかした?」
新人清掃員を見つめていた美帆に、沙織が話し掛けた。
「うん、新しい人がいるなと思って」
「新しい人? ああ、そうだね。へえ、割と格好いい人じゃない。でも、清掃員はやめといたら?」
「だ、誰もそんな目で見てないってば」
「よりにもよって清掃員なんて。美帆ならもっといい人いるって」
「だから、そんなこと考えてないってば!」
美帆ははっとして清掃員の方を見た。清掃員の男性は少し離れた場所にいた。どうやら聞かれていなかったらしい。
美帆は少し腹を立てた。自分はイケメンだったら誰でもいいわけではない。そんなに見境ないと思われているのか。沙織はからかっただけだろうが、なんだかもやもやする。
そもそも、自分に恋人がいないからこんなことになるのだ。さっさと恋人を作って周りの変な気遣いとおさらばしたい。
「沙織。さっき言ってた旦那さんのお友達、連絡先教えてくれる?」
────なによ。私だってその気になれば彼氏ぐらいできるんだから。
更衣室でお土産がたんまりと入った紙袋を突き出しながら、沙織は笑顔で言った。
「ごめんね。長い間休んじゃって」
「いいって。一生に一回だもの。楽しめた?」
「そりゃあ、もう」
沙織はハワイ近辺を廻ると言っていたが、どんなことをしたのだろうか。美帆と一緒に行った女子旅のようなものではないことだけは確かだ。
沙織は幸せそうだ。美帆は寂しい気持ちだったが、表情にはおくびにも出さなかった。沙織が喜んでいるのだから祝わなくては。いずれは訪れることなのだから。
「そうそう、聞いてよ美帆。朗報!」
美帆は受け取ったお土産をロッカーに仕舞い、着替えながら返答した。
「なに?」
「実くんの友達がね、美帆のこと気に入ったみたい。連絡先教えて欲しいって言ってるんだけど、教えてもいい?」
「え?」
「実くんのより二歳年上の先輩で、独身! しっかりしてていい人だって」
沙織の補足説明を聞きながら美帆は結婚式の会場を思い出した。
別のテーブルには新郎の会社関係の人間が招待されていたが、そんないい人はいただろうか。喋っていないので分からない。
「うーん……」
「どう?」
「……やめておく」
「どうして? 性格もいいし収入もあるし顔も悪くない。言うことないと思うけど」
確かに悪くない条件だ。だが、なんとなく気が進まなかった。
がっついていると思われるのも嫌だし、結婚式で出会った新郎の友人とそのまま恋人になる────。よくある展開だが、その気が起きない。
「そういう人だとなんとなく、遠慮なくしちゃって恋愛出来る自信ない。旦那さんの上司でしょ? 何かあった時困るし……」
「それはそうかもしれないけど……ご縁がありませんでした、さようならでいいじゃない。それとも、好みが違うの? どんなのがタイプ?」
「好みかぁ……」
最低限、職業や経歴で人を判断しない人がいい。もちろん格好よければ言うことなしだが、それだけでは人は選べない。
着替えて一階ロビーに向かった。毎日恒例のミーティングだ。
スケジュール表を取り出しながら、美帆は視界の端に映った《《それ》》に気が付いた。
毎朝フロアの掃除をしている清掃員達だ。これからこのフロアを回るのだろう。それぞれが大きなワゴンを押していた。
「おはようございます」
美帆はいつものように挨拶をした。清掃員であっても取引先だ。いつもと対応は変わらない。
ただ、今日の清掃員はいつもと違った。美帆が挨拶すると、三人いたうちの一人の男性が爽やかな笑顔を向け、挨拶を返した。
「おはようございます」
見ない顔だった。いつも来ている中年の女性ではない。新人だろうか。
青色の制服に身を包み、グレーの帽子を被っている。年齢はおそらく二十代から三十代手前。清掃員にしては整った顔立ちの男性だった。
────珍しい顔。あんまり清掃員っぽくないな。
清掃は外注で頼んでいる。確か藤宮グループの子会社だったはずだ。
「なあに、美帆。どうかした?」
新人清掃員を見つめていた美帆に、沙織が話し掛けた。
「うん、新しい人がいるなと思って」
「新しい人? ああ、そうだね。へえ、割と格好いい人じゃない。でも、清掃員はやめといたら?」
「だ、誰もそんな目で見てないってば」
「よりにもよって清掃員なんて。美帆ならもっといい人いるって」
「だから、そんなこと考えてないってば!」
美帆ははっとして清掃員の方を見た。清掃員の男性は少し離れた場所にいた。どうやら聞かれていなかったらしい。
美帆は少し腹を立てた。自分はイケメンだったら誰でもいいわけではない。そんなに見境ないと思われているのか。沙織はからかっただけだろうが、なんだかもやもやする。
そもそも、自分に恋人がいないからこんなことになるのだ。さっさと恋人を作って周りの変な気遣いとおさらばしたい。
「沙織。さっき言ってた旦那さんのお友達、連絡先教えてくれる?」
────なによ。私だってその気になれば彼氏ぐらいできるんだから。