とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第12話 それが好きという気持ち
社長から秘書課ヘルプの話を聞いて二週間が経った。
現在美帆は仕事の時間をほぼ全て秘書課での仕事に費やしていた。
週に一度は受付の仕事を把握するため顔を出すが、他は社長か青葉、常務の仕事に同行している。
現在休んでいるのは社長一人のため本格的に忙しいわけではない。ただ、青葉が休み始めたらどうか分からない。幸いなのは常務がいることだ。
社長が不在の時は常務が仕事を代行しているし、二人で分担しているため今のところ困ったことはない。
秘書課は全員男しかいないが、どちらも知っている人物のため緊張することはなかった。
ただ、気がかりなことはあった。あれから津川とまともに話せていないことだ。
津川の一言にショックを受けて、つい心ないことを言ってしまった。いつもと同じような言葉でも、込めた気持ちは全く違う。
自覚した途端こんなことになるなんて残酷だ。
だが、初めから分かっていたことだった。津川には最初から女性として見られていない。むしろ軽蔑されていた。それは誤解だと分かってもらえたが、相変わらず女性として意識されているわけではない。
紛らわしい台詞も、深い意味なんてない。食事に誘ったことだって社交辞令だろう。
そう思うと、優しい態度に期待していた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
秘書課にいる時間は長いものの、受付嬢達と話す時間は割と多かった。電話のやり取りはしょっちゅうするし、時間が合えば昼休憩も一緒だ。
社員食堂に行くとたまたま沙織が休憩中だったので隣にお邪魔することにした。
「お疲れ様」声をかけると沙織は振り返った。
「あ、お疲れ。珍しいね、時間被るなんて」
「ちょっと出掛けてて。今戻ってきたところなの」
「なんか、その格好も板について来たね」
秘書課で仕事を手伝うようになってから格好が変わった。色が違うだけで似たようなジャケットとスカートを履いているが、毎日見ていた沙織には新鮮に映るようだ。美帆も着慣れなかったが、最近やっと慣れてきた。
「そっちの仕事はどう? やりやすい?」
「うん。そこは青葉さんがサポートしてくれるから今のところ問題ないかな。そっちはどう?」
「こっちも特に」
「そう……」
津川はあれから受付に来ただろうか。別れた時のことを思い出してまた胸が苦しくなる。自分がいなくなって驚いているのではないだろうか。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「暗い顔してなんでもないはないでしょ。いいから言ってよ。気になるから」
「……津川さん、あれから見た?」
「津川さん? ううん、見てないと思うけど……」
「そっか……」
彼も暇ではない。仕事の時しか来ないだろう。受付に立たないと姿が見えないのでつい気になってしまう。
「堂々と津川さんのこと聞いてくるってことは、ちょっとは自覚した?」
「……多少は」
沙織は感心したように拍手した。なんだか子供扱いされているような気分になる。自分ももう三十路だ。恋愛だってしたことぐらいあるし、付き合った経験だってある。
ただ、今回のように自分でも予想外な恋愛は初めてなのだ。おまけに滝川もいて、さらに混乱している。
二人を同時に好きになったなんて言ったら、沙織は呆れるのではないだろうか。流石にそこまでは言えないが。
「へえ〜それで、美帆は悩んでいるわけね。恋という病について」
「ちょっと、茶化さないで。真面目に考えてるのに」
「秘書課に移動する話、もしかして悩んでる?」
「……少し」
「私は賛成だけど。だってこのままいつまでも受付嬢続けられないし、私もみんなも悩んでたことだよ。美帆が先駆けてくれるなら今後のことも考えやすいし、辞めずに済むじゃない」
「そう、思うんだけど」
「でも、津川さんに会えなくなるのが寂しいって? 美帆いつの間にそんなに津川さんのこと好きになったの」
「からかわないでよ。私真剣に悩んでるんだから」
「別に秘書課に行ったって会えなくなるわけじゃないじゃない」
「会えないよ。別に付き合ってるわけじゃないんだし……」
「付き合えばいいじゃない」
「ええっどうやって!?」
「お馬鹿! 告白するのよ!」
美帆は思い切り体の前で手でバッテンマークを作った。絶対に無理だ。今だって素直に喋れないのに、告白なんて出来るわけがない。
「見た目は大人、中身は子供……うーん、言葉にすると格好悪い」
「だって、取引先の人に告白するなんて……」
「いいじゃない。秘書課に行けばもう会わなくなるし、振られても大丈夫」
なにが大丈夫なものか。全く平気じゃない。
失恋の傷なんて時間が経てば色褪せるものだが、この歳になってそんなもの経験したくない。出来るだけ危ない道は回避したいし安全牌を選びたい。若い時みたいに失恋してもすぐ次に行く気になんてなれない。
「そんなに心配しなくてもいいと思うんだけどな。津川さんきっと美帆のこと好きだと思うし」
「あのテンションをどう解釈したら好きになるの。からかってるだけだよ」
自分たちの間には甘いものなど存在しなかった。あれはきっと関西人のノリだ。好きとかそういうことではない。
けれど本当にこのままでいいのだろうか。津川の言葉を鵜呑みにして、このまま会えなくなってしまっても────。
現在美帆は仕事の時間をほぼ全て秘書課での仕事に費やしていた。
週に一度は受付の仕事を把握するため顔を出すが、他は社長か青葉、常務の仕事に同行している。
現在休んでいるのは社長一人のため本格的に忙しいわけではない。ただ、青葉が休み始めたらどうか分からない。幸いなのは常務がいることだ。
社長が不在の時は常務が仕事を代行しているし、二人で分担しているため今のところ困ったことはない。
秘書課は全員男しかいないが、どちらも知っている人物のため緊張することはなかった。
ただ、気がかりなことはあった。あれから津川とまともに話せていないことだ。
津川の一言にショックを受けて、つい心ないことを言ってしまった。いつもと同じような言葉でも、込めた気持ちは全く違う。
自覚した途端こんなことになるなんて残酷だ。
だが、初めから分かっていたことだった。津川には最初から女性として見られていない。むしろ軽蔑されていた。それは誤解だと分かってもらえたが、相変わらず女性として意識されているわけではない。
紛らわしい台詞も、深い意味なんてない。食事に誘ったことだって社交辞令だろう。
そう思うと、優しい態度に期待していた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
秘書課にいる時間は長いものの、受付嬢達と話す時間は割と多かった。電話のやり取りはしょっちゅうするし、時間が合えば昼休憩も一緒だ。
社員食堂に行くとたまたま沙織が休憩中だったので隣にお邪魔することにした。
「お疲れ様」声をかけると沙織は振り返った。
「あ、お疲れ。珍しいね、時間被るなんて」
「ちょっと出掛けてて。今戻ってきたところなの」
「なんか、その格好も板について来たね」
秘書課で仕事を手伝うようになってから格好が変わった。色が違うだけで似たようなジャケットとスカートを履いているが、毎日見ていた沙織には新鮮に映るようだ。美帆も着慣れなかったが、最近やっと慣れてきた。
「そっちの仕事はどう? やりやすい?」
「うん。そこは青葉さんがサポートしてくれるから今のところ問題ないかな。そっちはどう?」
「こっちも特に」
「そう……」
津川はあれから受付に来ただろうか。別れた時のことを思い出してまた胸が苦しくなる。自分がいなくなって驚いているのではないだろうか。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「暗い顔してなんでもないはないでしょ。いいから言ってよ。気になるから」
「……津川さん、あれから見た?」
「津川さん? ううん、見てないと思うけど……」
「そっか……」
彼も暇ではない。仕事の時しか来ないだろう。受付に立たないと姿が見えないのでつい気になってしまう。
「堂々と津川さんのこと聞いてくるってことは、ちょっとは自覚した?」
「……多少は」
沙織は感心したように拍手した。なんだか子供扱いされているような気分になる。自分ももう三十路だ。恋愛だってしたことぐらいあるし、付き合った経験だってある。
ただ、今回のように自分でも予想外な恋愛は初めてなのだ。おまけに滝川もいて、さらに混乱している。
二人を同時に好きになったなんて言ったら、沙織は呆れるのではないだろうか。流石にそこまでは言えないが。
「へえ〜それで、美帆は悩んでいるわけね。恋という病について」
「ちょっと、茶化さないで。真面目に考えてるのに」
「秘書課に移動する話、もしかして悩んでる?」
「……少し」
「私は賛成だけど。だってこのままいつまでも受付嬢続けられないし、私もみんなも悩んでたことだよ。美帆が先駆けてくれるなら今後のことも考えやすいし、辞めずに済むじゃない」
「そう、思うんだけど」
「でも、津川さんに会えなくなるのが寂しいって? 美帆いつの間にそんなに津川さんのこと好きになったの」
「からかわないでよ。私真剣に悩んでるんだから」
「別に秘書課に行ったって会えなくなるわけじゃないじゃない」
「会えないよ。別に付き合ってるわけじゃないんだし……」
「付き合えばいいじゃない」
「ええっどうやって!?」
「お馬鹿! 告白するのよ!」
美帆は思い切り体の前で手でバッテンマークを作った。絶対に無理だ。今だって素直に喋れないのに、告白なんて出来るわけがない。
「見た目は大人、中身は子供……うーん、言葉にすると格好悪い」
「だって、取引先の人に告白するなんて……」
「いいじゃない。秘書課に行けばもう会わなくなるし、振られても大丈夫」
なにが大丈夫なものか。全く平気じゃない。
失恋の傷なんて時間が経てば色褪せるものだが、この歳になってそんなもの経験したくない。出来るだけ危ない道は回避したいし安全牌を選びたい。若い時みたいに失恋してもすぐ次に行く気になんてなれない。
「そんなに心配しなくてもいいと思うんだけどな。津川さんきっと美帆のこと好きだと思うし」
「あのテンションをどう解釈したら好きになるの。からかってるだけだよ」
自分たちの間には甘いものなど存在しなかった。あれはきっと関西人のノリだ。好きとかそういうことではない。
けれど本当にこのままでいいのだろうか。津川の言葉を鵜呑みにして、このまま会えなくなってしまっても────。