とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
土曜日の午前。
駅を出て中央東口の目立つ位置に立つと、文也はスマホの時間を確認した。待ち合わせは十時半。ロータリーの前でと伝えている。
だが、土曜だから人が多い。これでは杉野の姿を見つけることは難しいかもしれない。
先日送られてきたメッセージを眺めて頬が緩むのが分かる。相当、《《持っていかれている》》。
文也はまさかこんなに早く連絡をもらえるとは思っても見なかった。自分から送るつもりだったが、杉野も考えていてくれたらしい。
名目はなんでもいい。デートだろうが食事だろうが付き添いだろうが、とにかく杉野と会いたかった。
十時半の数分前、杉野らしき女性が視界に映った。
以前会った時はジーパンスタイルだったが、今日はスカートだ。膝より少し長めのスカートはすらっとしたシルエットで杉野の綺麗な足がよく目立つ。ついうっかり脚ばかり見てしまいそうになった。
どうやら文也の姿を探しているらしい。文也はしばらく眺めていたい衝動を抑えて声を掛けた。
「杉野さん、こっち」
声に反応した杉野が振り返る。ほっと安心したような笑顔だ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「杉野さんやったらなんぼでも待つで」
「……っ冗談ばっかり言わないでください!」
いつもなら見逃すシグナルも、この間のことがあったからか違う印象を受ける。
これは杉野の照れ隠しなのかもしれない。嫌われているわけではないのだ。そう思うとまた可愛く思えた。
ランチとはいえ、さすがに事前に店を探した。自分はどこでもいいが、せっかく杉野と行くのに適当な場所には入れない。
あまりかしこまらずに入れる賑やかで女子が好きそうな料理が置いてあるところ。
インターネットの情報通り、その店の雰囲気は悪くなかった。杉野は特別喜んでいるふうではないが、かといって嫌そうな顔もしていない。
席に着いてメニュー表を眺める。普通のカフェだが、ランチはランクごとに値段が違う。安いもので千五百円、他はそれ以上で、主菜やデザートが選べるようだ。
文也はすぐに決めた。
「津川さんは決めました?」
「Bランチ」
「こういうところも入るんですね。ちょっと意外です」
「杉野さんのイメージで俺は何食ってるん」
「五つ星のシェフが作るご飯とか、回らないお寿司とか?」
「そんなん食わへんよ」
御曹司だから高そうなランチを食べていると思われたのだろう。実際はまったくそんなことはないが、世間のイメージとは恐ろしいものだ。
津川の実家にいた頃はそうだったが今は違う。食事ぐらい自分の好きなものを食べたい。
「よかった。もしそうだった絶対合わないと思ったので」
文也はなんとなく傷付いた。自分が津川の人間だからだろうか。絶対合わないなんて、そこまで言われたら津川文也としては好かれないのではないだろうか────。
「でも杉野さんは秘書やってるぐらいやからマナーとかある程度知ってるやろ」
「知ってますけどそれとこれとは別です。仕事ならちゃんとしますけどプライベートまでそんなガチガチに固められたら息が詰まるじゃないですか」
「じゃあ、俺といたら息が詰まるんちゃうの」
「別に詰まりませんよ。津川さんは……いい意味で、堅苦しくないので」
杉野といると気が安らぐ。津川としての振る舞いを求められないからだろうか。
小さな頃からうるさくて厳しい父親に育てられたせいか、マナー云々には強くなったものの、束縛されることが嫌になった。あれをしなさいこれをしなさい────。名前が付き纏う人生だった。
家を出てからはだいぶんマシになったが、実家のことを知っている人間は変わらない。
だから不愉快な態度を隠そうともしない杉野が気になったのかもしれない。
「津川さんこそ、私と一緒にいて息詰まりませんか」
やや早口に杉野が言った。
「なんで?」
「……見た目とイメージが違うって、よく言われるんです」
「ああ、それな。そんなん今更やろ。お互い最初っから失敗してるんやし別に気にしてへんよ」
「失敗してるのは私じゃなくて津川さんだけですよ」
杉野が恨めしそうに睨む。文也は誤魔化すように咳払いを一つした。
「……俺はええと思うけど。杉野さんの、そういうとこ」
「……それは、どうも」
文也はその尖らせた唇に噛み付いてやりたい、と思った。改めて見ても杉野は綺麗だ。周りに座っている男達がチラチラ見るぐらいに、文句なしで可愛い。だが、残念ながら男運には恵まれなかったようだ。
上部だけしか見ないような男など相手にする必要もない。もっと早く出会っていたら、自分が杉野の恋人になっていたのに、と後悔した。
駅を出て中央東口の目立つ位置に立つと、文也はスマホの時間を確認した。待ち合わせは十時半。ロータリーの前でと伝えている。
だが、土曜だから人が多い。これでは杉野の姿を見つけることは難しいかもしれない。
先日送られてきたメッセージを眺めて頬が緩むのが分かる。相当、《《持っていかれている》》。
文也はまさかこんなに早く連絡をもらえるとは思っても見なかった。自分から送るつもりだったが、杉野も考えていてくれたらしい。
名目はなんでもいい。デートだろうが食事だろうが付き添いだろうが、とにかく杉野と会いたかった。
十時半の数分前、杉野らしき女性が視界に映った。
以前会った時はジーパンスタイルだったが、今日はスカートだ。膝より少し長めのスカートはすらっとしたシルエットで杉野の綺麗な足がよく目立つ。ついうっかり脚ばかり見てしまいそうになった。
どうやら文也の姿を探しているらしい。文也はしばらく眺めていたい衝動を抑えて声を掛けた。
「杉野さん、こっち」
声に反応した杉野が振り返る。ほっと安心したような笑顔だ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「杉野さんやったらなんぼでも待つで」
「……っ冗談ばっかり言わないでください!」
いつもなら見逃すシグナルも、この間のことがあったからか違う印象を受ける。
これは杉野の照れ隠しなのかもしれない。嫌われているわけではないのだ。そう思うとまた可愛く思えた。
ランチとはいえ、さすがに事前に店を探した。自分はどこでもいいが、せっかく杉野と行くのに適当な場所には入れない。
あまりかしこまらずに入れる賑やかで女子が好きそうな料理が置いてあるところ。
インターネットの情報通り、その店の雰囲気は悪くなかった。杉野は特別喜んでいるふうではないが、かといって嫌そうな顔もしていない。
席に着いてメニュー表を眺める。普通のカフェだが、ランチはランクごとに値段が違う。安いもので千五百円、他はそれ以上で、主菜やデザートが選べるようだ。
文也はすぐに決めた。
「津川さんは決めました?」
「Bランチ」
「こういうところも入るんですね。ちょっと意外です」
「杉野さんのイメージで俺は何食ってるん」
「五つ星のシェフが作るご飯とか、回らないお寿司とか?」
「そんなん食わへんよ」
御曹司だから高そうなランチを食べていると思われたのだろう。実際はまったくそんなことはないが、世間のイメージとは恐ろしいものだ。
津川の実家にいた頃はそうだったが今は違う。食事ぐらい自分の好きなものを食べたい。
「よかった。もしそうだった絶対合わないと思ったので」
文也はなんとなく傷付いた。自分が津川の人間だからだろうか。絶対合わないなんて、そこまで言われたら津川文也としては好かれないのではないだろうか────。
「でも杉野さんは秘書やってるぐらいやからマナーとかある程度知ってるやろ」
「知ってますけどそれとこれとは別です。仕事ならちゃんとしますけどプライベートまでそんなガチガチに固められたら息が詰まるじゃないですか」
「じゃあ、俺といたら息が詰まるんちゃうの」
「別に詰まりませんよ。津川さんは……いい意味で、堅苦しくないので」
杉野といると気が安らぐ。津川としての振る舞いを求められないからだろうか。
小さな頃からうるさくて厳しい父親に育てられたせいか、マナー云々には強くなったものの、束縛されることが嫌になった。あれをしなさいこれをしなさい────。名前が付き纏う人生だった。
家を出てからはだいぶんマシになったが、実家のことを知っている人間は変わらない。
だから不愉快な態度を隠そうともしない杉野が気になったのかもしれない。
「津川さんこそ、私と一緒にいて息詰まりませんか」
やや早口に杉野が言った。
「なんで?」
「……見た目とイメージが違うって、よく言われるんです」
「ああ、それな。そんなん今更やろ。お互い最初っから失敗してるんやし別に気にしてへんよ」
「失敗してるのは私じゃなくて津川さんだけですよ」
杉野が恨めしそうに睨む。文也は誤魔化すように咳払いを一つした。
「……俺はええと思うけど。杉野さんの、そういうとこ」
「……それは、どうも」
文也はその尖らせた唇に噛み付いてやりたい、と思った。改めて見ても杉野は綺麗だ。周りに座っている男達がチラチラ見るぐらいに、文句なしで可愛い。だが、残念ながら男運には恵まれなかったようだ。
上部だけしか見ないような男など相手にする必要もない。もっと早く出会っていたら、自分が杉野の恋人になっていたのに、と後悔した。