とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第2話 失礼な男
金曜日の夜。
美帆は仕事終わりにいつもの通勤路ではなく、別の場所へ向かった。
今日は沙織の夫の先輩と会う日だ。格好も化粧も抜かりはない。
メッセージのやり取りしていないが、好印象な男性だった。
────とにかく、何か結果に残さなくちゃ。
同僚の旦那の先輩を紹介してもらった手前、失敗は出来ない。沙織は気にしなくていいと言っていたが、そういうわけにもいかないだろう。
美帆は意気込んで「現場」に向かった。
待ち合わせていた場所に着くと、男性は顔を上げた。どうやら美帆のことを覚えていたらしい。
「こんばんは。杉野美帆さん……ですよね?」
今日のお相手は中村聖司、営業課の課長。沙織の夫の先輩。
美帆はいつもの黄金比スマイルを向けて微笑んだ。
「こんばんは、杉野です。初めまして中村さん。今日はお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ来てくださってありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
中村はぱっと見、優しそうな男性だ。礼儀正しそうだし、特に変わった印象はない。
予約したレストランに着くまでの数分間会話してみたが、印象は悪くなかった。
中村が予約した店は比較的静かなイタリアンレストランだった。人はそこそこ入っているが、落ち着いた内装で品がいい。おそらく美帆の好みを想定して選んでくれたのだろう。
「素敵なお店ですね」
「女性に人気だと書いてあったのでここにしてみました」
確かに、店にいるのは女性の客ばかりだ。別のテーブルでは女子会のようなものが開かれていた。
だが正直、美帆は静かな店よりも賑やかな店の方が好きだった。
受付嬢をしているためどうも偏った印象を持たれがちだが、美帆自身はおしゃべりで楽しいことが好きだ。品の良さそうなかしこまった店で静かに食べるのはどちらかといえば堅苦しくて苦手だった。
席に座り、お互い酒を頼んで雑談を交わした。
中村は事前に聞いていた通りの人物だ。物腰柔らかで男性特有の荒々しさはない。思い浮かべるイメージは、お嬢様の執事だろうか。
話していて面白いと感じることはないが、美帆は初対面の相手とでも話題に事欠かないため話が途切れることはなかった。
「中村さんが独身だなんて意外ですね。モテそうですけど」
「いえ、生憎うちの職場は女性が少なくて……実君みたいに上手に外で見つければよかったんですけど。でも、杉野さんも意外ですよ。僕なんかよりずっとモテるでしょう」
「そんなことないですよ」
「受付嬢してらっしゃるぐらい綺麗ですし、なんていうかこう、仕草が丁寧というか……正直、僕みたいなのと食事して楽しいのかちょっと不安です」
別に綺麗だから受付嬢をしているわけではない。見た目も動作も全て受付嬢になるために努力したものだ。
綺麗な人間の方が採用される確率は圧倒的に高い。だが、それだけでは採用されない。
美帆は受付嬢になるのが夢だった。ホテルのフロントで働く父親を見て、似たような仕事を探すうちに受付嬢の仕事がしたいと思うようになった。
藤宮コーポレーションの倍率は他の企業とは比べ物にならなかったため、マナースクールに通ったり、秘書検定を受けたりと出来ることは全てやった。そのおかげで合格して、今の自分があるのだ。
決して、綺麗だから受けたとかそんな理由ではない。
────まあ、いつものことだけどね。
美帆は仕事終わりにいつもの通勤路ではなく、別の場所へ向かった。
今日は沙織の夫の先輩と会う日だ。格好も化粧も抜かりはない。
メッセージのやり取りしていないが、好印象な男性だった。
────とにかく、何か結果に残さなくちゃ。
同僚の旦那の先輩を紹介してもらった手前、失敗は出来ない。沙織は気にしなくていいと言っていたが、そういうわけにもいかないだろう。
美帆は意気込んで「現場」に向かった。
待ち合わせていた場所に着くと、男性は顔を上げた。どうやら美帆のことを覚えていたらしい。
「こんばんは。杉野美帆さん……ですよね?」
今日のお相手は中村聖司、営業課の課長。沙織の夫の先輩。
美帆はいつもの黄金比スマイルを向けて微笑んだ。
「こんばんは、杉野です。初めまして中村さん。今日はお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ来てくださってありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
中村はぱっと見、優しそうな男性だ。礼儀正しそうだし、特に変わった印象はない。
予約したレストランに着くまでの数分間会話してみたが、印象は悪くなかった。
中村が予約した店は比較的静かなイタリアンレストランだった。人はそこそこ入っているが、落ち着いた内装で品がいい。おそらく美帆の好みを想定して選んでくれたのだろう。
「素敵なお店ですね」
「女性に人気だと書いてあったのでここにしてみました」
確かに、店にいるのは女性の客ばかりだ。別のテーブルでは女子会のようなものが開かれていた。
だが正直、美帆は静かな店よりも賑やかな店の方が好きだった。
受付嬢をしているためどうも偏った印象を持たれがちだが、美帆自身はおしゃべりで楽しいことが好きだ。品の良さそうなかしこまった店で静かに食べるのはどちらかといえば堅苦しくて苦手だった。
席に座り、お互い酒を頼んで雑談を交わした。
中村は事前に聞いていた通りの人物だ。物腰柔らかで男性特有の荒々しさはない。思い浮かべるイメージは、お嬢様の執事だろうか。
話していて面白いと感じることはないが、美帆は初対面の相手とでも話題に事欠かないため話が途切れることはなかった。
「中村さんが独身だなんて意外ですね。モテそうですけど」
「いえ、生憎うちの職場は女性が少なくて……実君みたいに上手に外で見つければよかったんですけど。でも、杉野さんも意外ですよ。僕なんかよりずっとモテるでしょう」
「そんなことないですよ」
「受付嬢してらっしゃるぐらい綺麗ですし、なんていうかこう、仕草が丁寧というか……正直、僕みたいなのと食事して楽しいのかちょっと不安です」
別に綺麗だから受付嬢をしているわけではない。見た目も動作も全て受付嬢になるために努力したものだ。
綺麗な人間の方が採用される確率は圧倒的に高い。だが、それだけでは採用されない。
美帆は受付嬢になるのが夢だった。ホテルのフロントで働く父親を見て、似たような仕事を探すうちに受付嬢の仕事がしたいと思うようになった。
藤宮コーポレーションの倍率は他の企業とは比べ物にならなかったため、マナースクールに通ったり、秘書検定を受けたりと出来ることは全てやった。そのおかげで合格して、今の自分があるのだ。
決して、綺麗だから受けたとかそんな理由ではない。
────まあ、いつものことだけどね。