とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第14話 距離、0センチ。
 大阪旅行の日程は二週間後。

 津川の仕事の都合でその日になった。土曜から日曜にかけて一泊二日。一泊二日だ。

 約束をした後、美帆は今更ながら自分のした発言がかなり過激であることに気が付いた。

 それはそうだ。自分と津川は付き合っていない。なのに泊まりがけでデートに行くなんてありえない。

 よほど気が緩んでいるらしい。つい驚いて怒ることすら忘れてしまった。

 津川は一体どういうつもりでそのようなことを告げたのだろう。本気でからかっている────ようには見えなかった。

 しかし告白もせずに旅行に行こうなんて変だ。そこで何かが起こることを期待した方がいいのか。

 今更出来ることなどない。せいぜい旅行の準備をする程度だ。

 津川は最近割と忙しいらしい。メッセージのやり取りはするが、会社には来なくなった。

 今回の旅行は津川が大阪を案内するということで、美帆は特に何もしなくていいそうだ。行き先は津川がある程度セレクトしてくれるそうだが、美帆も自分なりに楽しめそうな場所を考えた。

 津川のことだから変な場所は選ばないだろうが、二人でとなると緊張する。よりによってなぜ大阪なのだろう。津川は地元を案内したいだけだろうか。

 ────まさか、家族に紹介するとか? いや、付き合ってないのにそれはないよね……。

 理由はわからない。だか、誘ってくれた気持ちは嬉しかった。



「ということで、旅行に行くことになりました」

 仕事終わり、沙織に誘われて一緒に食事に出掛けた。

 会社の外だとついつい話も盛り上がって、美帆は津川と旅行に行く話を伝えた。

 沙織は歓喜を表現したいようだが、声が出ていないからただ変顔しているだけに見える。

「えっ……いつの間にそんなことになったの!」

「まぁ……つい、この間」

「長かった……今夜はお赤飯だわ……。それで、どっちが告白したの?」

「え?」

「え?」

「……まだ付き合ってないよ」

 歓喜から一点、沙織の顔が般若のように歪む。

「ちょっと! どういうこと!?」

「いや、付き合ってはないけどなんか旅行に誘われて……」

「そんなのただのヤリ目的じゃない! 信じらんない! 何考えてんの!?」

 確かに、冷静に考えてみればそうだ。付き合っていないけど旅行に行こうなんて変すぎる。考えると不安になってきた。

「……そうなのかな」

 美帆が落ち込むと、沙織はハッとして慌て始めた。

「……ごめん、言い過ぎた。まあ順番はおかしいけど、津川さんも理由があるんじゃない? ただ単に美帆と一緒に遊びに行きたいだけかもしれないし、告白するつもりかもしれないし」

「うん……」

 あの時は誘われたことに舞い上がって理由など聞かなかった。すでに自分たちの関係は奇妙なものになりつつあったし、気にも留めなかった。

 はっきり告白されたわけではないが、きっとそうかもしれない、ぐらいには思っていた。だから遊びに行こうと誘われた時も驚かなかった。

 津川はノリは軽いが全てに対してそうではない。真面目に話す時だってあるし、きっと本当にそうしたいと思ったから誘ってくれたのだろう。

 忙しい津川が時間を作ってまでわざわざ大阪に行くのだ。そんな適当な理由であるはずがない。


 だが、なにもかも任せるのは流石に不安だ。

 美帆はその夜、津川にメッセージを送ってみることにした。

 津川がどんなつもりか分からないが、恋人でもないのに一から全部任せるなんて気が引ける。

 メッセージを送って数分後、津川から電話が掛かって来た。

 美帆はすでに帰宅してた。急いで電話を取り、耳元に構える。

「もしもし? 津川さん?」

『ごめん。電話で話す方が早いと思って』

「いえ、こちらこそ……あの、旅行のことなんですけど」

『……行くの嫌になった?』

 スピーカーから悲しげな声が聞こえてくる。どうやら津川は何か誤解しているらしい。

「そうじゃありません。行き先のこととかホテルのこととか何も決めてないので、全部人任せにするのは悪いと思って」

『別にええよ。わざわざ来てもらうんやし案内するのは当然やん? あ、行きたいところがあったら教えてな』

 美帆は行きたいところを考えてみた。一度も行ったことがないだけに、有名な観光地ぐらいしか思いつかない。

 大阪は京都のように文化を楽しむ場所ではないし、食べ物もたこ焼きかお好み焼きぐらいしか知らない。むしろ津川が決めてくれた方が助かるような気もする。

「ええと……確か通天閣とかが有名なんですよね。あとはUSJとか、道頓堀とか……津川さんはどこがオススメですか?」

「せやなぁ……せっかく一泊するんやし一日目USJで二日目にミナミの辺ウロウロするのは?」

「みなみ?」

「道頓堀のへんのこと」

 全部テレビで見るイメージでしか知らないからどんな場所がイマイチ想像がつかない。だが、津川と一緒ならどこでも面白いだろう。

「分かりました。そうしましょう。ホテルはどうします?」

 まさか一緒の部屋ではないだろう。付き合っていないし、津川だってそのぐらいの分別はあるはずだ。

「あんまメジャーなとこちゃうけど、知り合いがやってるホテルがあるねん。安くしてもらえるしそこ候補にしててんけど……どっか泊まりたいところあるならそこにするで」

 正直、希望はない。女子同士ならリッツカールトンやリーガロイヤルの綺麗な部屋に泊まりたいと思うが、行くのは津川でしかも別室だ。一人でテンションを上げてもあまり意味はない。ある程度綺麗である程度食事が美味しければどこだってよかった。

 津川の知り合いがどんな人間かわからないが、ホテルをやっている知り合いなんて普通ではないさそうだし、辺鄙(へんぴ)な場所ではないだろう。

「そこで大丈夫です。あ……ごめんなさい。結局津川さんに任せっきりですね」

「俺が誘ったんやから気にせんといて。デートコース考えんのも意外と楽しいしな」

「え!?」

「また詳細決まったら連絡するわ。おやすみ」

 あっという間に電話が切れてしまって、美帆は途方に暮れた。

 やっぱりデートなのだ。当たり前だが、言葉にされると恥ずかしい。よからぬ妄想が頭の中で爆発する。

 何事も起こらないわけがない。そんな予感がした。
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