とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 お昼過ぎになった頃、二人は近くにあったレストランに入った。相変わらずここも人でいっぱいだが、なんだか賑やかなのが楽しい。津川と一緒だと少しも気にならなかった。

「結構早いペースで乗ってるけど疲れてへんの」

「いえ? そんなことないですよ」

「それならええわ」

「津川さんが心配するなんて、今日は嵐にでもなりそうですね」

「俺、そんなに薄情に見えるんか?」

「冗談です。でも、そんなに心配してくれてるとは思いませんでした。今までゴーイングマイウェイだったので」

「そりゃ、まあ……」

 津川はバツが悪そうな顔をした。そんなところも、なんだか可愛いと思ってしまう。

 出会った頃勝手だった彼は随分と変わった。嫌い、なんて言っていた自分が信じられないくらいだ。

「……杉野さんは、どんな男が好きなん」

「えっ」

「好きなタイプは何か聞いてんねん」

「み、水タイプですかね」

「どんなボケや。ポケモンちゃうわ。男のタイプ聞いてんねん」

「そんなこと、急に言われても……」

 この間あれだけ言い合ったのにどうしたまた聞くのだろうか。もしや、自分に告白させようとしているのだろうか。

 冗談ではない。こんな人が多い場所で告白なんかする勇気はない。少なくてもないが。

「……おしゃべりが好きな人がいいなって思ってました。私がおしゃべりだから、同じぐらい喋ってくれる人がいいなって。あとは……面白い人とか」

 ゴニョゴニョと喋る。それにすっかり当てはまる津川に話すのは大変に恥ずかしいことだ。顔が熱い。火が出そうだ。

 なんだかんだ、自分は好みの男を見つけていたのだ。それが津川だったわけだ。

「見る目ないな」

「は?」

「杉野さんの周りの男。見た目ばっかり見てて中身を見てへんねん」

「え? いや……その逆なんじゃないですか。私が女性らしくないからモテないんじゃ……」

「ちゃうよ。杉野さんは性格がいいねん。理想押し付けてばっかの男になんて勿体無いわ」

 一番初めに誤解していた津川がこんなことを言うなんてなんだか妙な感じだ。けれど、それは自分が言われたかった言葉だった。

 だが、同時に不思議に思った。ここまで言っておきながら、どうして津川は肝心の一言を言わないのだろうか。

 今日の津川はいつもと違う。一言一言が本気だとわかる。からかっているわけじゃないと。

 その言葉が本気なら、なぜ好きと言ってくれないのだろう。

 所詮御曹司と受付嬢では釣り合わないのだろうか。
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