とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 大阪旅行から一週間経った。

 文也は相変わらず仕事が忙しそうだが、夜には必ず電話をくれた。会えない分、ということなのだろう。美帆もなんとなく自分が恋人になったんだと実感し始めた。

『ごめん。来週ぐらいには時間取れそうやから』

 文也は電話の向こうで申し訳なさそうに言った。

「別に謝らなくていいですよ。お仕事なんですから仕方ないじゃないですか」

『けど、一週間も二週間も会えへん彼氏なんて嫌やろ』

「嫌じゃありませんよ。別に平気です」

『美帆ってもしかしてドライなん?』

 そんなことはない。ただ分別があるだけだ。寂しい気持ちがないわけではないが、ここでそのことを責めても仕方ない。

「違いますよ。私だってちゃんと会いたいって思ってます」

『釣った魚に餌をやらんってよく言うやろ』

「釣った魚って……私の方じゃないんですか?」

『俺やろ』

「私ですよ」

 変な押し問答が続いた。お互いクスッと笑った。

『美帆は、仕事どうなん』

「うーん、あんまり変わらないですね。相変わらず秘書課と受付を行ったり来たりって感じです」

『秘書課の連中とか社長にいじめられてへんやんな?』

「いじめられてませんよ。みんないい人達です」

『そうか、じゃあ────』

 文也は不自然なところで言葉を切った。いや、何か考えているのだろうか。妙な間が空いた。

「文也さん?」

『……ああ、なんでもないわ。じゃあ、あんまりドラマばっか見て夜更かしせんようにな。おやすみ』

 スピーカーの向こうから穏やかな声が聞こえた。美帆もおやすみなさいと返し、通話を切った。

 ────何を言おうとしてたんだろう?

 もしかして、まだ青葉にヤキモチを妬いているかもしれない。そんなことはないと否定したのだが、秘書課は男ばかりだし心配なのだろう。
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