とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第16話 言えない秘密
仕事が一区切りついたところで、文也は椅子から立ち上がった。
相変わらず仕事は忙しいが充実している。それになにより、美帆がいるおかげで仕事に対するやる気も上がっていた。
「武井、コーヒーでも買って来てや」
文也のすぐ近くの席に座っていた武井がげっと嫌そうな顔をした。
「ちょっと社長。私パシリじゃないんですけど」
「何言ってんねん。みんなの分も買って来てって言ってんねん」
財布から五千円札を出してヒラヒラさせると、武井はあからさまに表情を変えた。
「喜んで! 社長、何がいいです?」
「アイスコーヒーだったらなんでもええよ。みんなにも聞いたって」
「ご機嫌ですねぇ。いいことでもあったんですか?」
文也は真っ先に美帆のことを思い出した。
いいこと。それはすなわち美帆とようやく恋人になれたことだ。
まさか本当にOKをもらえるとは思わなかった。美帆は真面目だし、最初の時のことを根に持っているかもしれない。酷いことも散々言ったし、旅行について来てくれたことすら意外だった。
けれどいつの間にか、彼女の気持ちは変わっていたらしい。
────あかんな。考えてると会いたくなってくる。
今度の土日あたり、美帆をデートに誘ってみようか。仕事は忙しいが、一日ぐらいならなんとかなる。それに、旅行から帰って来てからというものの美帆とまともにデート出来ていない。これは死活問題だ。
美帆は自分より年上で落ち着いている。ちょっと会えなかったりデート出来なくてもヒステリックになることはないが、ドライな反応をされるとかえって不安になった。
美帆ぐらい綺麗な女性なら男などいくらでもいる。以前美帆と親しげにしていたあの秘書の青葉もそうだし、社内にもかっこいい男は山ほどいるはずだ。あまり放置し過ぎて興味がなくなった、なんてことにはなりたくない。
現状、自分が美帆に選ばれているのは性格が一致するからだ。しかしだからと言って油断はできなかった。
文也は早速美帆にメッセージを送った。
『お疲れさん。時間あったら土日のどっちか会わへん?』
美帆は受付にいる時もスマホを近くに置いているため、すぐに気付くだろう。彼女は一体どんな反応をするだろうか。
少しすると、買い出しから武井が戻ってきた。武井はコンビニのビニール袋を三つほど下げていた。その中からアイスコーヒーを取り出すと、どん!とデスクの上に置いた。
「お待たせしました。アイスコーヒーです」
「悪いな」
「そう思ってるならパシらせないでくださいよ」
「ええやん。おごってやってんから」
「社長がおごってくれるなんて明日は雪か雷でしょうね」
「失礼な奴やな。俺だって少しは優しいところあるねんで」
そのタイミングで文也のスマホが鳴った。メッセージの通知音だ。文也はすぐにスマホの画面を確認した。
美帆からだ。目を見開くと、武井が尋ねた。
「社長がニヤニヤしてるってことは、彼女ですか?」
「せやな」
「否定しないんですか」
文也は自分に呆れていた。いつの間にやらとんだ恋愛脳になったものだ。
生家のせいで寄ってくる女は多いが、いかんせん中身が駄目で付き合ってもうまくいった試しがなかった。家から出ていることを知らない自分に呆れるほど金を使わせようとしたり出掛けるたびプレゼントをねだって来たり。
仕事さえあれば生きていけると思った。仕事は裏切らない。余計なことも考えない。だから苦労して手に入れたこの会社は絶対に守らなければならない────。
なのに美帆を好きになってしまい、挙げ句の果てには付き合うことになってしまった。
葛藤がなかったわけではない。美帆はあくまでも今回の計画のターゲットで、情報を聞き出さなければならない相手だ。だから計画通りなら美帆と付き合うことは正解だ。
だが、それをいけないと思う気持ちがどこかにあった。
気持ちがあって付き合っても、最終的に美帆を騙すことになるのではないか。美帆が辛い思いをするのではないか────。
今更な話だ。会った時から印象は最悪だったというのに。
心のどこかでこの計画が頓挫することを期待していた。だから告白に踏み切った。何事もなく、別の方法で美帆を傷つけずに済むのならそうしたい。そうすればこのまま美帆といられるだろう。
────とても……好きです。
そう言った美帆の顔を思い出した。そして強く願った。美帆を大事にしよう。絶対に傷付けることのないようにしようと。
相変わらず仕事は忙しいが充実している。それになにより、美帆がいるおかげで仕事に対するやる気も上がっていた。
「武井、コーヒーでも買って来てや」
文也のすぐ近くの席に座っていた武井がげっと嫌そうな顔をした。
「ちょっと社長。私パシリじゃないんですけど」
「何言ってんねん。みんなの分も買って来てって言ってんねん」
財布から五千円札を出してヒラヒラさせると、武井はあからさまに表情を変えた。
「喜んで! 社長、何がいいです?」
「アイスコーヒーだったらなんでもええよ。みんなにも聞いたって」
「ご機嫌ですねぇ。いいことでもあったんですか?」
文也は真っ先に美帆のことを思い出した。
いいこと。それはすなわち美帆とようやく恋人になれたことだ。
まさか本当にOKをもらえるとは思わなかった。美帆は真面目だし、最初の時のことを根に持っているかもしれない。酷いことも散々言ったし、旅行について来てくれたことすら意外だった。
けれどいつの間にか、彼女の気持ちは変わっていたらしい。
────あかんな。考えてると会いたくなってくる。
今度の土日あたり、美帆をデートに誘ってみようか。仕事は忙しいが、一日ぐらいならなんとかなる。それに、旅行から帰って来てからというものの美帆とまともにデート出来ていない。これは死活問題だ。
美帆は自分より年上で落ち着いている。ちょっと会えなかったりデート出来なくてもヒステリックになることはないが、ドライな反応をされるとかえって不安になった。
美帆ぐらい綺麗な女性なら男などいくらでもいる。以前美帆と親しげにしていたあの秘書の青葉もそうだし、社内にもかっこいい男は山ほどいるはずだ。あまり放置し過ぎて興味がなくなった、なんてことにはなりたくない。
現状、自分が美帆に選ばれているのは性格が一致するからだ。しかしだからと言って油断はできなかった。
文也は早速美帆にメッセージを送った。
『お疲れさん。時間あったら土日のどっちか会わへん?』
美帆は受付にいる時もスマホを近くに置いているため、すぐに気付くだろう。彼女は一体どんな反応をするだろうか。
少しすると、買い出しから武井が戻ってきた。武井はコンビニのビニール袋を三つほど下げていた。その中からアイスコーヒーを取り出すと、どん!とデスクの上に置いた。
「お待たせしました。アイスコーヒーです」
「悪いな」
「そう思ってるならパシらせないでくださいよ」
「ええやん。おごってやってんから」
「社長がおごってくれるなんて明日は雪か雷でしょうね」
「失礼な奴やな。俺だって少しは優しいところあるねんで」
そのタイミングで文也のスマホが鳴った。メッセージの通知音だ。文也はすぐにスマホの画面を確認した。
美帆からだ。目を見開くと、武井が尋ねた。
「社長がニヤニヤしてるってことは、彼女ですか?」
「せやな」
「否定しないんですか」
文也は自分に呆れていた。いつの間にやらとんだ恋愛脳になったものだ。
生家のせいで寄ってくる女は多いが、いかんせん中身が駄目で付き合ってもうまくいった試しがなかった。家から出ていることを知らない自分に呆れるほど金を使わせようとしたり出掛けるたびプレゼントをねだって来たり。
仕事さえあれば生きていけると思った。仕事は裏切らない。余計なことも考えない。だから苦労して手に入れたこの会社は絶対に守らなければならない────。
なのに美帆を好きになってしまい、挙げ句の果てには付き合うことになってしまった。
葛藤がなかったわけではない。美帆はあくまでも今回の計画のターゲットで、情報を聞き出さなければならない相手だ。だから計画通りなら美帆と付き合うことは正解だ。
だが、それをいけないと思う気持ちがどこかにあった。
気持ちがあって付き合っても、最終的に美帆を騙すことになるのではないか。美帆が辛い思いをするのではないか────。
今更な話だ。会った時から印象は最悪だったというのに。
心のどこかでこの計画が頓挫することを期待していた。だから告白に踏み切った。何事もなく、別の方法で美帆を傷つけずに済むのならそうしたい。そうすればこのまま美帆といられるだろう。
────とても……好きです。
そう言った美帆の顔を思い出した。そして強く願った。美帆を大事にしよう。絶対に傷付けることのないようにしようと。