とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 それから美帆は滝川を探した。仕事をしていれば社内のどこかにいるはずだ。

 連絡先は知っていたが、それは出来なかった。文也と付き合っているのにわざわざ好意的に見ていた滝川に連絡するのは文也に申し訳ない。

 滝川なら家の事情を知っているかもしれない。会社のことも分かるかもしれない。

 分かったところでどうにも出来ないことかもしれないが、何も知らないままは嫌だった。

 だが、滝川はなかなか捕まらなかった。美帆も仕事しながらだったので、会える方が奇跡だ。

 そうして一日が終わり、がっかりしながら会社を出た。

 ────はぁ。やっぱり滝川さんに聞くのは無謀だよね。知ってるかどうかも分からないし……。

 だが、文也のことを知っている人物なんて他にいそうにない。やはり直接文也に聞くしかないだろうか。

「……あ」

 体の向きを変えたところで、ふと視界に滝川の姿が映った。これから帰るのだろうか。滝川は駅の方向へ向かって行く。

 丁度いい、と思った美帆は追いかけて声を掛けようとした。

 だが、滝川はスマホを取り出すと喋り始めて、声を掛けるタイミングを見失った。

 自分も電車に乗るつもりだ。またタイミングが合えば声をかけたらいい。そうして改札まで行き、同じ電車に乗った。

 滝川は電話を切ったものの、なんだか忙しそうだ。鞄からノートパソコンを取り出してカタカタ打ち始める。まるでサラリーマンみたいに見えた。

 仕事でもしているのだろうか。だが、滝川は清掃員のはずだ。パソコンを使うような仕事もあるのだろうか。

 電車が駅に着くと、滝川はパソコンを鞄にしまって足早に車両を出た。美帆もつられて車両から降りた。

 ────どうしよう。つい降りちゃったけど……。

 滝川はこのあたりに住んでいるのだろうか。ここまで来たのだ。声だけ掛けて話を聞けばいい。そのまま滝川を追いかけることにした。

 だが、電車から降りるなり滝川はまだ電話し始めた。それほど忙しいのだろうか。いや、友達と話しているのかもしれない。

 改札を出て少し歩くと滝川は駅の近くにあったビルに入った。

 美帆はしまった! と思った。家の中に入られてしまったらここまで来た意味がない。調子に乗ってこんなところまでついてくるのではなかった。

 だが、ビルを見て首を傾げた。マンションだと思ったが、このビルは住居用ではないようだ。一階は不動産屋のテナント。二階から上の階もオフィスが入っているらしい。表にある看板には会社の名前ばかりが並んでいる。

「え……?」

 美帆は看板に書かれている会社名を見て眉をしかめた。そこには『津川フロンティア株式会社』と書かれてあった。

 どうやらそこに文也の会社があるらしい。場所までは聞いていないので知らなかった。だが、問題はそんなことではない。

 ────どういうこと? なんで滝川さんが文也さんの会社に入るの?

 もう一度会社名を見るが、やはり間違いない。勘違いではないようだ。

 滝川がわざわざここに入って行くということは、何か用事があるのだろうか。親戚の文也が経営している会社だ。入ってもおかしくはない。

 しかしあの二人はそれほど付き合いがあるわけではなさそうだった。顔を知っている程度の、あまり喋ることのない間柄だと言っていた。

 一体どういうことなのだろうか。
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