とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第18話 それは、恋ではなかった
────眠れない。
美帆は枕元に置いていたスマホを何度か触った。どうやらやっと電源に触れたらしい。眩しく光る画面を薄目で見て、今が深夜の二時だと知った。
横になったものの落ち着かず、目を瞑っては起きるのを繰り返した。
眠れない原因は一つだ。文也と滝川の嘘。そのことを考えると、とても平静ではいられなかった。
枕元に置いたミネラルウォーターを掴み、蓋を開けて一気飲みする。
先日沙織から聞いた言葉が頭の中を駆け巡った。
沙織に頼んだのは単純なことだった。「滝川を見かけたら、落とし物をしたと言って、ペンを差し出す。滝川の手に何か書かれていないか見て欲しい」。それだけだ。
簡単な手口だ。文也はなんとも思わなかったのだろう。まさか美帆がそんなことを考えているなど、思いもしていないに違いない。
美帆も、こんなに簡単に分かるとは思っていなかった。
とにかくショックだった。どんな理由があるにしろ、文也は自分にウソをついていた。ただそれだけのことなのに、なんだか裏切られたような気持ちになった。
そして悲しんでもいる。嘘をついたのはなぜなのか。その事実が何か他の悲しいことを生みそうで嫌だった。
文也と付き合った時間は短いが、彼の人となりは分かったつもりだ。文也は簡単に人を騙すような人間ではない。きっと何かあるのだ。
そう自分を納得させても、その「何か」が一体なんなのかまでは分からなかった。
翌朝会社に行くと、育児休暇をとっているはずの青葉がいた。
「青葉さん……! どうしたんですか。今日はお休みの予定じゃ……」
「気になることがあるので、午前中だけ出ようと思って」
「奥さんは大丈夫なんですか。あんまり無理しない方がいいんじゃ……」
「短い間だけだから大丈夫と言ったので。午後からはお休みを頂きます」
「何かあったんですか?」
「いや……大丈夫です。処理できることですから」
なんだか気掛かりだが、青葉が仕事に加わってくれるのは心強い。
その後業務を始めたが、社長も青葉も出ずっぱりで忙しそうだった。予定になかった外出が加わったためだろう。美帆も会社で忙しなく過ごした。
「どうしたんでしょうかね」
向かいの席に座った胡桃坂が心配そうな顔をしていた。彼は本来社長と一緒に出かける予定だったが、青葉が来たため外出を取り消し、会社に残ることになった。
「そうね……でも、大丈夫って言ってたからそんなに心配しなくてもいいと思う。青葉さんも来たし、私たちはこっちの仕事を感張りましょう」
正直なところ、仕事よりも文也のことで頭がいっぱいだった。
あれから文也とは会っていない。忙しいのか、メッセージのやりとりしか出来ていない。話したいと思うのに、いざ連絡しようとすると尻込んでしまってなかなかそこに至らなかった。
昼過ぎ、電話が掛かってきた。文也からだった。
いつもならウキウキするのに、今日は心臓がバクバクしている。話したいはずなのに心のどこかで避けたいという気持ちがあるのだろうか。
美帆は恐る恐る電話を取った。
「……もしもし?」
『ごめん。仕事中やったんやろ』
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
『美帆、今日……会えへん?』
文也の声は落ち着いているのに、どことなく困っているようにも、悲しげにも聞こえた。その声を聞くと、嘘をつかれた悲しみより心配の方が勝ってしまう。
「……はい。どこか、ご飯でも行きますか?」
『いや、今日は家でゆっくりせえへん?』
何か話でもあるのだろうか。自然と身構えてしまう。
だが、これは話すチャンスかもしれない。文也が本当のことを話してくれるのならこれ以上疑わずに済む。
「いいですよ。じゃあ、えっと……」
『俺の家、来る? なんもないけど』
「そう、ですね。じゃあそうさせて貰います。ご飯は私が作りますね」
『仕事終わったら迎えに行くわ。また連絡するな』
「はい。じゃあ……」
通話が切れた。美帆は深い息を吐いた。
なんだかどっと疲れた気がした。大したことは喋っていないが気を張っていたからだろう。
文也はなんだか疲れているようだった。また仕事のことだろうか。そんな中でも会おうと思ってくれたことは嬉しいが、今は素直に喜べなかった。
美帆は枕元に置いていたスマホを何度か触った。どうやらやっと電源に触れたらしい。眩しく光る画面を薄目で見て、今が深夜の二時だと知った。
横になったものの落ち着かず、目を瞑っては起きるのを繰り返した。
眠れない原因は一つだ。文也と滝川の嘘。そのことを考えると、とても平静ではいられなかった。
枕元に置いたミネラルウォーターを掴み、蓋を開けて一気飲みする。
先日沙織から聞いた言葉が頭の中を駆け巡った。
沙織に頼んだのは単純なことだった。「滝川を見かけたら、落とし物をしたと言って、ペンを差し出す。滝川の手に何か書かれていないか見て欲しい」。それだけだ。
簡単な手口だ。文也はなんとも思わなかったのだろう。まさか美帆がそんなことを考えているなど、思いもしていないに違いない。
美帆も、こんなに簡単に分かるとは思っていなかった。
とにかくショックだった。どんな理由があるにしろ、文也は自分にウソをついていた。ただそれだけのことなのに、なんだか裏切られたような気持ちになった。
そして悲しんでもいる。嘘をついたのはなぜなのか。その事実が何か他の悲しいことを生みそうで嫌だった。
文也と付き合った時間は短いが、彼の人となりは分かったつもりだ。文也は簡単に人を騙すような人間ではない。きっと何かあるのだ。
そう自分を納得させても、その「何か」が一体なんなのかまでは分からなかった。
翌朝会社に行くと、育児休暇をとっているはずの青葉がいた。
「青葉さん……! どうしたんですか。今日はお休みの予定じゃ……」
「気になることがあるので、午前中だけ出ようと思って」
「奥さんは大丈夫なんですか。あんまり無理しない方がいいんじゃ……」
「短い間だけだから大丈夫と言ったので。午後からはお休みを頂きます」
「何かあったんですか?」
「いや……大丈夫です。処理できることですから」
なんだか気掛かりだが、青葉が仕事に加わってくれるのは心強い。
その後業務を始めたが、社長も青葉も出ずっぱりで忙しそうだった。予定になかった外出が加わったためだろう。美帆も会社で忙しなく過ごした。
「どうしたんでしょうかね」
向かいの席に座った胡桃坂が心配そうな顔をしていた。彼は本来社長と一緒に出かける予定だったが、青葉が来たため外出を取り消し、会社に残ることになった。
「そうね……でも、大丈夫って言ってたからそんなに心配しなくてもいいと思う。青葉さんも来たし、私たちはこっちの仕事を感張りましょう」
正直なところ、仕事よりも文也のことで頭がいっぱいだった。
あれから文也とは会っていない。忙しいのか、メッセージのやりとりしか出来ていない。話したいと思うのに、いざ連絡しようとすると尻込んでしまってなかなかそこに至らなかった。
昼過ぎ、電話が掛かってきた。文也からだった。
いつもならウキウキするのに、今日は心臓がバクバクしている。話したいはずなのに心のどこかで避けたいという気持ちがあるのだろうか。
美帆は恐る恐る電話を取った。
「……もしもし?」
『ごめん。仕事中やったんやろ』
「ううん、大丈夫。どうしたの?」
『美帆、今日……会えへん?』
文也の声は落ち着いているのに、どことなく困っているようにも、悲しげにも聞こえた。その声を聞くと、嘘をつかれた悲しみより心配の方が勝ってしまう。
「……はい。どこか、ご飯でも行きますか?」
『いや、今日は家でゆっくりせえへん?』
何か話でもあるのだろうか。自然と身構えてしまう。
だが、これは話すチャンスかもしれない。文也が本当のことを話してくれるのならこれ以上疑わずに済む。
「いいですよ。じゃあ、えっと……」
『俺の家、来る? なんもないけど』
「そう、ですね。じゃあそうさせて貰います。ご飯は私が作りますね」
『仕事終わったら迎えに行くわ。また連絡するな』
「はい。じゃあ……」
通話が切れた。美帆は深い息を吐いた。
なんだかどっと疲れた気がした。大したことは喋っていないが気を張っていたからだろう。
文也はなんだか疲れているようだった。また仕事のことだろうか。そんな中でも会おうと思ってくれたことは嬉しいが、今は素直に喜べなかった。