とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 シンプルな浅い皿に入ったチャーハン見て、美帆は昔のことを思い出した。

 一人暮らしをする時に親に色々買ってもらったが、その時もこんな感じだった。

「なんだか、大学生になりたての頃を思い出します」

「ってことは一人暮らし歴長いん?」

「高校出てからなので、もうそこそこ経ってますね」

 二人ともフローリングに座ってチャーハンを食べている。椅子もテーブルもないから仕方ないが、文也と一緒にやるとなんだか滑稽だ。

「テレビないから寂しいやろ」

「そんなことないですよ。まぁ、ずっといるとなると寂しくなりますけど……」

「じゃあ、美帆が次来る時までに買っとくわ」

「いいですよ。そんなわざわざ」

「一緒に観た方が楽しいやろ」

 文也の笑顔がなんだか寂しげに見えた。嬉しい言葉のはずなのに、心から喜べない。

 ────文也さん。嘘をついてたのは何か理由があるの? 理由があるなら話して……。

 こんなにも優しいのに、信じられないなんて悲しい。

「美帆、こっち来て」

 文也は自分の隣を叩いた。美帆は膝立ちしながら文也に近付き、隣に座った。

「……どうしたんですか?」

「うん……ちょっと、近くにいたかってん」

 こんなに近くにいるのに。と声が出かけた。何か躊躇っているような素振りだ。わざわざ会おうと言ったぐらいだ。何か話があるのだろう。

 美帆はごくりと息を飲み込んだ。

「美帆は────いや、やっぱええわ」

「なんですか? 途中でやめたら気になります」

「大したことじゃないねん。仕事うまくいってんのかなって思っただけ」

「え? はい……別に今のところは何もないです。忙しいですけど」

「そんならええわ。無理せんようにな」

 ────違う。文也さんはなにか誤魔化してる。本当はもっと言いたいことがあるんじゃないの? それを話そうと思って呼んだんじゃないの? どうして話してくれないの?

 文也の肩が美帆の肩に触れた。そのまま頭を美帆の肩に預けると、文也は小さく呟いた。

「美帆」

 思わず泣きそうになった。文也の声があまりにも優しかったからだ。

 泣きそうになるのを堪えて「なんですか」と返事すると、「呼んだだけ」と言われた。

 そんなことはないはずなのに、それ以上は聞けなかった。

 どちらからともなく口付けた。覗き込んだ顔が近付いて、自然とそうした。

 その後のことはよく覚えていない。美帆はただそうしたかったからそうした。

 以前とは違って必死だった。文也の本心が聞きたい。本当のことを話してほしい。そう思って見つめてみても、文也には届かない。

 切羽詰まったような顔が見下ろして、無言のまま体を重ねる。初めて抱かれた時とはまったく違った。

 どうして、自分達はお互い傷付いたみたいな顔をしているのだろう────。

「……あったかい」

 汗ばんだ腕がそっと体を包んだ。なんだかその腕が心地よくて、思わず言葉が溢れた。同じように文也の背中に触れて、労るように撫でた。

「美帆……」

「文也さん……?」

「好きやで」

 ────ああ、泣いてしまいそう。

 愛しい。悲しい。色んな感情が入り乱れている。美帆はもどかしく思った。

 自分がもっと素直で若かったら、こんなところで我慢せず文也に聞いていたのだろうか。言おうとした言葉を尋ねただろうか。「私もです」と言って愛を伝え合っただろうか。

 どうしたらいいか分からなかった。

 自分は意気地なしだから、失う勇気なんてない。文也が嘘をついていたら嫌だ。それが悲しい理由だったら嫌だ。けれど文也を失うのも嫌だ。

 彼氏が欲しいなんて気軽に言うのではなかった。傷付く勇気もないくせに。
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