とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
美帆は呆然としたまま青葉に背中を押されて社長室を出た。そのまますぐそばにある仮眠室に入り、簡易ベッドに座らせられる。
以前青葉に案内されたときに一度だけ入ったことがある部屋だった。使うのは主に社長や常務で、美帆は使ったことがない。
美帆がベッドに腰掛けると、青葉が目の前に屈んだ。
「大丈夫ですか」
「────申し訳、ありませんでした」
喉から抑揚のない声が出た。謝罪する気持ちはあるのに感情がこもらない。心が死んだように静かだった。
「杉野さんが謝ることじゃありません。あんなふうに言いましたが、社長は杉野さんのことを疑ってるわけじゃありませんよ」
「でも……私のせいで会社に迷惑を掛けてしまいました」
「さっきは言いませんでしたが、杉野さんの社員IDとパワードが使用されていた形跡があったんです。おそらく外部から盗まれたのでしょう。それでああいう聞き方をしました。誤解させてすみません」
「盗んだって、まさか……」
美帆はすぐに文也が頭に浮かんだ。だが、すぐに否定した。
そんなはずはない。文也には何も教えていない。IDとパスワードを知るなんてハッキングでもしないと分からないはずだ。
「犯人はまだ特定出来ていません。津川社長が関係しているかもしれませんが……彼ではないでしょう」
では一体誰なのだろう。どうしてこんなことが起きたのだろう。いまだに信じられない。
だが、一つだけ確かなことがある。文也は自分を騙そうとしていた。最初から騙す気だった。そう思うと目の前が真っ暗になった。
「杉野さん。今日はもう帰って大丈夫ですから、休んでください」
美帆は素直にその言葉に従った。これ以上ここにいても仕事出来る自信がなかった。笑顔を浮かべることも出来そうにない。
青葉がロッカーに置いていた美帆の鞄を持ってきた。ノロノロと立ち上がり、フラつく足取りでエレベーターへ向かう。
ぼんやりと何も考えないまま外へ出た。なんだか頭がふわふわして、幻の中にいるみたいだった。
『────最初っから利用さしてもらっててん』
不意に、記憶が蘇る。少し前の文也だ。
今まで見てきた文也は一体なんだったのだろう。あれは全て嘘だったのだろうか。
そう、嘘だったのだ。自分に優しかった文也は。全て────。
どうりで、最初から文也は変わっていた。あれは全て計算されていたことだったのだ。
────馬鹿みたい。悪い男に引っかかって、職場に迷惑かけて。
情けなくて、やるせなくて、悲しい。こんなことなら彼氏なんていらなかった。自分には恋愛なんて向いていない。一生独り身の方がマシだ。
けれど過ぎ去った日々を思い出す。文也の家に行ってチャーハンを作ったことを。
あの時は確かに夢を描いていた。文也が本心を伝えてくれることを。自分を好きでいてくれることを。二人で並んでテレビを見ながら、一緒に笑い合えることを。
以前青葉に案内されたときに一度だけ入ったことがある部屋だった。使うのは主に社長や常務で、美帆は使ったことがない。
美帆がベッドに腰掛けると、青葉が目の前に屈んだ。
「大丈夫ですか」
「────申し訳、ありませんでした」
喉から抑揚のない声が出た。謝罪する気持ちはあるのに感情がこもらない。心が死んだように静かだった。
「杉野さんが謝ることじゃありません。あんなふうに言いましたが、社長は杉野さんのことを疑ってるわけじゃありませんよ」
「でも……私のせいで会社に迷惑を掛けてしまいました」
「さっきは言いませんでしたが、杉野さんの社員IDとパワードが使用されていた形跡があったんです。おそらく外部から盗まれたのでしょう。それでああいう聞き方をしました。誤解させてすみません」
「盗んだって、まさか……」
美帆はすぐに文也が頭に浮かんだ。だが、すぐに否定した。
そんなはずはない。文也には何も教えていない。IDとパスワードを知るなんてハッキングでもしないと分からないはずだ。
「犯人はまだ特定出来ていません。津川社長が関係しているかもしれませんが……彼ではないでしょう」
では一体誰なのだろう。どうしてこんなことが起きたのだろう。いまだに信じられない。
だが、一つだけ確かなことがある。文也は自分を騙そうとしていた。最初から騙す気だった。そう思うと目の前が真っ暗になった。
「杉野さん。今日はもう帰って大丈夫ですから、休んでください」
美帆は素直にその言葉に従った。これ以上ここにいても仕事出来る自信がなかった。笑顔を浮かべることも出来そうにない。
青葉がロッカーに置いていた美帆の鞄を持ってきた。ノロノロと立ち上がり、フラつく足取りでエレベーターへ向かう。
ぼんやりと何も考えないまま外へ出た。なんだか頭がふわふわして、幻の中にいるみたいだった。
『────最初っから利用さしてもらっててん』
不意に、記憶が蘇る。少し前の文也だ。
今まで見てきた文也は一体なんだったのだろう。あれは全て嘘だったのだろうか。
そう、嘘だったのだ。自分に優しかった文也は。全て────。
どうりで、最初から文也は変わっていた。あれは全て計算されていたことだったのだ。
────馬鹿みたい。悪い男に引っかかって、職場に迷惑かけて。
情けなくて、やるせなくて、悲しい。こんなことなら彼氏なんていらなかった。自分には恋愛なんて向いていない。一生独り身の方がマシだ。
けれど過ぎ去った日々を思い出す。文也の家に行ってチャーハンを作ったことを。
あの時は確かに夢を描いていた。文也が本心を伝えてくれることを。自分を好きでいてくれることを。二人で並んでテレビを見ながら、一緒に笑い合えることを。