とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 あの事件から一週間が過ぎた。目まぐるしい日々の中で、社員達の意識は次第に事件から逸れ始めていた。

 事件以降、滝川は姿を見せなくなった。目的がなくなったのだから当然だ。やはり「滝川」という人物になったのも藤宮の情報を手に入れることだったのだろう。

 当然文也からの連絡は何もないまま、美帆は仕事に没頭することで忘れようとしていた。

 だが、本当は期待していた。もし社長や沙織の言っていることが本当なら、いつかまた本当のことを話してくれるのではないかと。また自分に会いに来てくれるのではないかと。

 自分から会いに行く勇気のない他力本願なことを考えた。

 ──結局、津川フロンティアはどうなるの? 

 やはり賠償金を支払わないといけないのだろうか。あれ以来何も報告を受けていない。藤宮コーポレーション相手に賠償金だ。決して安くはないだろう。

 そうなると文也はどうなるのだろう。会社は潰れてしまうのだろうか。親が津川商事の社長ならなんとか助けてもらえないのだろうか。不安ばかりが膨らんでいく。

 騙されたというのに呑気なものだ。だが、冷たくされても一瞬で愛情が消えるわけではない。

 文也に何か深い事情があったのだと思うといてもたってもいられなかった。

「社長……津川さんはどうなったんでしょうか」

 青葉不在で社長と同行する機会が増えた。おかげで質問する時間は山ほどあった。

 社長はやや驚いた顔をしていた。

「もう終わった話よ。杉野さんは気にしなくていいわ」

 なんだかその言い方が余計に不安を煽った。

「それに津川さんの話なんて聞きたくないでしょう」

「それは……そうです、けど……」

「乙女心を弄んだ酷い男に罰を与えて欲しいなら処罰の方法はもう少し考えるわ。やろうと思えば会社を潰すことだってできるし、個人的に罰することも可能よ」

「……っやめてください!」

 美帆はつい大声を出した。だが、すぐに自分がしたことに気が付いて頭を下げた。

「も────申し訳ありません。私────」

「杉野さんは怒っていないの?」
 
 穏やかな声音にホッとした。美帆は顔を上げ、気不味そうに言った。

「怒ってない────と言えば嘘になります。でも、辛い目には遭ってほしくないんです。……すみません、こんなの個人的な感情ですよね」

「本当のことはきっと、当人にしか分からないわ。杉野さんが怒っていないのなら、そうね……きっと、話し合える時期が来ると思うわ」

 結局、どんな判断をしたかは教えてくれなかった。

 社長の腹心である青葉は育児休暇で休んでいて聞けないし、常務は社長の夫だ。聞けるはずもない。かといって他の人間が知っているわけもなく、美帆はもどかしい思いをした。
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