一思いに殺して
「なんて、冗談」
呆気に取られたように目を丸くしてる岬に罰が悪くなって目を逸らしたら、珈琲ゼリーを持った手を縋るように握られた。それで、懇願して見上げてくるから、給湯室で訳もわからず、キスをした。
人が来るかもしれない、なんてそんなのは二の次で、3分か5分くらいは夢中になっていたと思う。なんでそこまで惹かれるか。全く理解出来なかった。多分長らく恋人がいないことでよっぽど飢えていたのかもしれない。あと単純に、岬が俺と関わってどう変わるのか、見届けてみたかった。
自分で言うのは気が引けてしまうが、営業部でも成績首位を通年確保しているだけに会社からの信頼は厚く、その度に大口取引を任されたりして、他人が難しいと匙を投げる案件が、自分にとっては優良物件で場数をこなして他の何よりも抜きん出ていた。天職、とは正にこの事で、昔から何をしてもそこそこ出来るタイプであっただけに人の顔色を窺って転がす、と言うのが得意分野だったらしい。
それが岬のなかで多分、誇りになった。
日夜庶務課であのハイエナ集団にこき使われていても、その裏では営業課エースの檜山 蒼と恋仲にある事がきっと自信に結びつき、地味な見た目の中で心は豊かだった。
そのうち俺と会う時だけは眼鏡が外れ、コンタクトにし、アフター5なんかにはわざわざ会社から近い家に帰って髪を整えてメイクをしてから俺に会いに来るなんていう術まで覚え始めた。恋をすると女性は変わるという。その効果は絶大なもので、元々素材が良かった岬は、休日に俺と街を歩いていてもまさか庶務課の天野 岬だと誰にも予想させなかった。
「蒼くんて、呼んでいい」
「お好きに」
「私ね、あのね、蒼くんに救われたの」
「ほー」
「あの日給湯室で声かけてくれなかったら多分死んでたよ。だから、嬉しいの。今こうして一緒にいること。蒼くんのおかげで、変われたから。会社では…あんまり目立ちたくはないけど、蒼くんに見合う人になれるように、頑張るよ。だから、みててね」
「早くメニュー選べよ」
「ふふ、うん」
安い恋愛ドラマみたいな出逢いでキスをして、
金のかからない高校生みたいなデートをして、
三度目のデートでそのまま家に行って身体を交えた。
処女だとかでその時も馬鹿みたいなウブさの中に身を投じていて、痛いとか、苦しいとか、それでも泣きながら俺を受け入れて好きだと言った。
ずっとそばにいる。愛していると。