一思いに殺して
 

 それが今じゃこのザマだ。


「檜山さん」

「はーい」
「三課の木村さんが檜山さんに、って。大橋製薬担当してた新入りの花芽(かが)くん、プレゼン途中でお腹下してこっちのイメージ最悪なんです。今から援護入れますか」
「なんでそんなデカい案件新入りに任せたん。花芽は会社(うち)ごと契約倒産(ポシャ)りたいんか」
「檜山さ〜んって泣いてます。なんかちょっともう気の毒で」

「行くから人事の加瀬さんに言伝(ことづて)頼んでいい」
「はい」

「〝今日もハズレ。収穫なし〟」










 どんどん綺麗になっていく岬は、会社で目立ちたくないと言ったくせに、同期の田野にバレたことで自分を隠さなくなった。


 忘年会の席だった。部署が違うから離れた席にいたくせに、例によってあのハイエナ集団に大学生みたいなノリで急性アルコール中毒一歩手前みたいなとこまで酒を注がれて、見ないふりをしていたものの援護に入った。やべーじゃん可哀想、庶務課って鬼の集まりなの。そんなことを言った気がする。

 介抱を装って手を引いて、泣きながら笑ってる岬が不気味すぎてとりあえず吐かせようと思っていたら、廊下で思いっきりキスされた。その場を、見られた。
 他の客がいない、暗がりにいたことが不幸中の幸いで、その場で涼んでいた田野がいたのは、泣きっ面に蜂。

 ははは、酔ってんのやべーとか笑った。でもひどく嘘が下手だった。そして更に最悪だったのが、田野の前で「蒼くん」とか岬が甘えてきたことだった。


 それを機にそれまでこっちが主導権を握っていた職場で変に田野に面倒ごとを任されたり、事あるごとに「忘年会」を口走るようになった。今思えば田野を殺してやればよかったと思う。何もかも手っ取り早かった。妙なパシリも、ぞんざいな扱いも、自分より明らかに能力が劣っていて尊敬に値しない田野に裂く時間に匹敵しない。

 その計画は、ふいに終わった。全ての諸悪の根源は岬だったからだ。
 そして結局、何かがきっかけで社内に噂が知れ渡り、俺の肩身だけが狭くなり、岬は俺を理由に自分をひけらかすようになっていく。


 まるで、(たが)が外れたように。


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