一思いに殺して
見舞いに出向くと、病室に青い顔で横になっている加瀬さんがいた。
花束を花瓶に差し替え、フルーツバスケットから林檎を頂戴した俺はそのベッドの横に丸椅子を置いて一口齧る。果肉を削がれ剥き出しになった皮膚からは果汁が溢れ、しゃりしゃりと咀嚼しながら加瀬さんを見るとその隈が深く刻まれ痩けた頬で、渇いた唇を震わせながら俺の手を握ってきた。
「………岬を頼むよ」
「はい」
「頼まれてくれるよな」
「ええ」
「お前は、俺が唯一信頼してる、自慢の後輩なんだ」
強く、その手を握り返す。飄々としていて掴めないとはよく言われる。それでも意志は受け取ったと、この目で訴えたら加瀬さんは目を閉じた。
眠りについたらしい。その姿に一ヶ月前、社員の大半を招待して岬と式を挙げ、俺に司会をいつものように「頼むよ」と懇願してきた姿はなかった。そして、その隣の花嫁の姿も、跡形も。
もう、世間から彼女が行方不明になってから一ヶ月が経とうとしている。
帰り道。食べかけの林檎を片手で投げ、キャッチしながら夜の街を歩く。
人生に置いて考えるべきことがたくさんある。例えば上手くいかない妨害因子の排除。生活の質を上げていく上でこれは永遠の課題とも言え、元手を辿っていくと大体自分に結びつくことが多い。自分が馬鹿を踏んだ。だとしても自分の人生の幕を引いてしまっては、今後の人生に支障が出る。支障と言うか、命を絶っては質の向上の元も子もない。となるのであれば自分に関与した各々に着眼せざるを得ないという事だ。
間違いを算出していく。的確に、丁寧に、分析し摘出する。自分の人生において無駄と見做したものを取り除く。
これが終わったら田野だ。
「ただいまー」
タワーマンションの上階、誰もいない部屋で電気をつけてキッチンに林檎を置く。背広を脱ぎ、ネクタイを緩めながら時計を外して寝室の扉を開く。