目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
5.湿っぽいのは苦手ですの!
げに素晴らしきかな薔薇風呂!
まさかヴァルト様が私の我儘を聞いてくださるなんて思いもしませんでしたわ。騎士団の訓練に参加したら、ご褒美に薔薇を浮かべたお風呂に入りたいですと戯れに申してみたのですけれど──ここまで万全に備えてくださるとは。
曲線が美しい真っ白な浴槽に、たっぷりと注がれた温かな湯! そしてそこに浮かぶのはベルデナーレ王室に長く愛される、香り高き真紅のロイヤルローズ!
「きゃあ、凄いですわ! 一度はこんな贅沢をしてみたかったんですの!」
私も伯爵家の娘と言えど所詮は一貴族、決して豪遊できるような身分ではありません。ヴァルト様とは不運な出来事でお近づきになりましたが、これは嬉しい誤算でした。
まあ──巨漢が薔薇風呂で戯れている光景は刺激が強すぎるので、特にセイラム様辺りには見られてはいけませんわね。多分白眼を剥きますわ。
ところで。
「前から気になっていましたけど……ヴァルト様、本当に傷が多いですわね」
湯船に浸かりながら、傍に置いてあった手鏡で肩を映してみると、褐色の肌に走る深い傷跡が見えました。
これほどお体を鍛えているのですし、過去にも腐るほど無茶はなさっているのでしょう。今日のように熊や猪を相手にしたという武勇伝もお聞きしたことがありますわ。
それから何と言っても、戦場におけるヴァルト様のご活躍はベルデナーレ王国の全国民が知るところです。数年前、南海から攻めて来た異民族を見事に撃退されたことで、ヴァルト様は陛下から功績を認められ王太子の資格を得られたとか。
当時攻めて来た異民族はとても野蛮な性格だったそうで、今もベルデナーレ王国南部には侵攻の爪痕が残っているのです。ヴァルト様はそちらの視察も定期的に行っていて──。
「……。ヴァルト様、ただの筋肉王子ではありませんのね……」
我ながら無関心も良いところでした。
騎士団の皆さまがあれほどヴァルト様を慕うのも、王国の窮地を救った勇姿に胸を打たれてこそでしょう。
今更ですが、何故私がヴァルト様の入れ替わり先として選ばれたのか、理由が分かったような気がします。
何も出来ない小娘をヴァルト様の中に入れてしまえば、簡単に過去の栄光に泥を塗ることが出来る。
別の王子殿下を推す一派が直接ヴァルト様に手を下さずとも、私が──リシェル=ローレントが自滅するのを待っていれば良いのですから。
「……しっかりしませんと」
頬を軽く叩いて気合を入れてみても、不安は拭えませんでした。
何か少しでも呪術師の手がかりが見付かれば、心も軽くなるのでしょうけれど。
「──ちょ、ちょっとお待ちをヴァ、リシェル様!!」
外から聞こえてきた騒々しい声に、いつの間にか俯いていた私はハッと我に返りました。
一体何事でしょう、セイラム様の声が段々と近付いてきますわ。それと察するに、ヴァルト様もこちらに向かわれているのでしょうか?
はっ。
いけない!! ヴァルト様はともかく、セイラム様が今の私を見たら気絶すること間違いなしですわ!!
「おい、ローレント嬢入るぞ!」
「キャーッ!! お待ちくださいヴァルト様!!」
無情にも浴室の扉が開き、勢いよく私が──ヴァルト様が中に飛び込んできました。
勿論それを止めようと駆け付けたセイラム様も一緒に。
問題の私は薔薇風呂から立ち上がり、全裸に赤い花弁を纏った状態で硬直していました。
セイラム様は私の姿を見た途端「うっ」と呻き、その場に倒れてはとんでもない速度で浴室の外へ転がっていきました。
「セイラム様ぁーっ! お気を確かにぃ!」
「奴は放っとけ、死にはせん! それよりローレント嬢……!」
「へ!? な、何ですのヴァルト様っ?」
容赦なく扉を閉めてしまったヴァルト様は、よく見たらひどく青褪めておられます。私は一応タオルで体を隠しつつ、ヴァルト様の傍まで向かいました。
「──すまない……ッ! 何と詫びればよいか……!」
するとヴァルト様が濡れた床に頽れ、急に謝罪を口になさったのです。
「え、えっ?」
そんな、私に何を謝るんですの? 老婆と言ったことですか? 骨付きチキンですか? 筋トレをやめないことですか? いやちょっと心当たりが多すぎではありませんこと!?
「いえ、あの何を謝っておられるのです?」
ひとまず落ち着かねばなりませんわ。ヴァルト様の前に私も腰を下ろし、恐る恐る事情を尋ねてみました。
ヴァルト様は視線を落とし、不可解だと言わんばかりのお顔で語られました。
「……今朝から何となく腹が痛くてな。腹筋運動のし過ぎかと思ったんだが」
「おいコラですわ。また腹筋してましたのね」
「いや、そしたらさっき股から血が……」
「…………あっ」
その言葉に私はハッといたしました。
そうしてすぐさま青褪めたヴァルト様を抱え上げ、半裸のまま医務室へと直行したのでした。
「待て、俺にまず贖罪をさせろ! お前の体に傷をつけたんだぞ、腹を斬れと言われても文句はない!」
「いやそうなったら死ぬのは私ですわよ! ちょっと落ち着いてくださる!?」
後ほど「薔薇を纏った巨漢が可憐な乙女を横抱きにして痴話喧嘩をしながら王宮を駆け抜けた」という怪談話が宮中で為されるわけですが、それについては伏せておきます。
まさかヴァルト様が私の我儘を聞いてくださるなんて思いもしませんでしたわ。騎士団の訓練に参加したら、ご褒美に薔薇を浮かべたお風呂に入りたいですと戯れに申してみたのですけれど──ここまで万全に備えてくださるとは。
曲線が美しい真っ白な浴槽に、たっぷりと注がれた温かな湯! そしてそこに浮かぶのはベルデナーレ王室に長く愛される、香り高き真紅のロイヤルローズ!
「きゃあ、凄いですわ! 一度はこんな贅沢をしてみたかったんですの!」
私も伯爵家の娘と言えど所詮は一貴族、決して豪遊できるような身分ではありません。ヴァルト様とは不運な出来事でお近づきになりましたが、これは嬉しい誤算でした。
まあ──巨漢が薔薇風呂で戯れている光景は刺激が強すぎるので、特にセイラム様辺りには見られてはいけませんわね。多分白眼を剥きますわ。
ところで。
「前から気になっていましたけど……ヴァルト様、本当に傷が多いですわね」
湯船に浸かりながら、傍に置いてあった手鏡で肩を映してみると、褐色の肌に走る深い傷跡が見えました。
これほどお体を鍛えているのですし、過去にも腐るほど無茶はなさっているのでしょう。今日のように熊や猪を相手にしたという武勇伝もお聞きしたことがありますわ。
それから何と言っても、戦場におけるヴァルト様のご活躍はベルデナーレ王国の全国民が知るところです。数年前、南海から攻めて来た異民族を見事に撃退されたことで、ヴァルト様は陛下から功績を認められ王太子の資格を得られたとか。
当時攻めて来た異民族はとても野蛮な性格だったそうで、今もベルデナーレ王国南部には侵攻の爪痕が残っているのです。ヴァルト様はそちらの視察も定期的に行っていて──。
「……。ヴァルト様、ただの筋肉王子ではありませんのね……」
我ながら無関心も良いところでした。
騎士団の皆さまがあれほどヴァルト様を慕うのも、王国の窮地を救った勇姿に胸を打たれてこそでしょう。
今更ですが、何故私がヴァルト様の入れ替わり先として選ばれたのか、理由が分かったような気がします。
何も出来ない小娘をヴァルト様の中に入れてしまえば、簡単に過去の栄光に泥を塗ることが出来る。
別の王子殿下を推す一派が直接ヴァルト様に手を下さずとも、私が──リシェル=ローレントが自滅するのを待っていれば良いのですから。
「……しっかりしませんと」
頬を軽く叩いて気合を入れてみても、不安は拭えませんでした。
何か少しでも呪術師の手がかりが見付かれば、心も軽くなるのでしょうけれど。
「──ちょ、ちょっとお待ちをヴァ、リシェル様!!」
外から聞こえてきた騒々しい声に、いつの間にか俯いていた私はハッと我に返りました。
一体何事でしょう、セイラム様の声が段々と近付いてきますわ。それと察するに、ヴァルト様もこちらに向かわれているのでしょうか?
はっ。
いけない!! ヴァルト様はともかく、セイラム様が今の私を見たら気絶すること間違いなしですわ!!
「おい、ローレント嬢入るぞ!」
「キャーッ!! お待ちくださいヴァルト様!!」
無情にも浴室の扉が開き、勢いよく私が──ヴァルト様が中に飛び込んできました。
勿論それを止めようと駆け付けたセイラム様も一緒に。
問題の私は薔薇風呂から立ち上がり、全裸に赤い花弁を纏った状態で硬直していました。
セイラム様は私の姿を見た途端「うっ」と呻き、その場に倒れてはとんでもない速度で浴室の外へ転がっていきました。
「セイラム様ぁーっ! お気を確かにぃ!」
「奴は放っとけ、死にはせん! それよりローレント嬢……!」
「へ!? な、何ですのヴァルト様っ?」
容赦なく扉を閉めてしまったヴァルト様は、よく見たらひどく青褪めておられます。私は一応タオルで体を隠しつつ、ヴァルト様の傍まで向かいました。
「──すまない……ッ! 何と詫びればよいか……!」
するとヴァルト様が濡れた床に頽れ、急に謝罪を口になさったのです。
「え、えっ?」
そんな、私に何を謝るんですの? 老婆と言ったことですか? 骨付きチキンですか? 筋トレをやめないことですか? いやちょっと心当たりが多すぎではありませんこと!?
「いえ、あの何を謝っておられるのです?」
ひとまず落ち着かねばなりませんわ。ヴァルト様の前に私も腰を下ろし、恐る恐る事情を尋ねてみました。
ヴァルト様は視線を落とし、不可解だと言わんばかりのお顔で語られました。
「……今朝から何となく腹が痛くてな。腹筋運動のし過ぎかと思ったんだが」
「おいコラですわ。また腹筋してましたのね」
「いや、そしたらさっき股から血が……」
「…………あっ」
その言葉に私はハッといたしました。
そうしてすぐさま青褪めたヴァルト様を抱え上げ、半裸のまま医務室へと直行したのでした。
「待て、俺にまず贖罪をさせろ! お前の体に傷をつけたんだぞ、腹を斬れと言われても文句はない!」
「いやそうなったら死ぬのは私ですわよ! ちょっと落ち着いてくださる!?」
後ほど「薔薇を纏った巨漢が可憐な乙女を横抱きにして痴話喧嘩をしながら王宮を駆け抜けた」という怪談話が宮中で為されるわけですが、それについては伏せておきます。