目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
私とヴァルト様の精神は完全に入れ替わってしまったわけではない、とカルミネ様は仰います。
「あたしの右肩がヴァルトの魂、左肩が猫ちゃんだとしようか。握りこぶしが二人の体ね」
カルミネ様は伸ばした腕を交差させ、握りこぶしを軽く振りました。言わばこれが私たちの「今の状態」だというのです。
精神の根っこは元の体に引っ付いたまま、呪術によって魂と肉体の道筋が強制的に捻じ曲げられているとか。
「そんで、この交差した状態を真っ直ぐに戻す薬が必要ってわけ。それは分かる?」
「は、はい」
カルミネ様の真似をして、私は交差させた両腕を解き真っ直ぐに伸ばしました。この正常な状態に戻すための薬が、作るのに少々の時間を要するのですわね。
「さっき提案した応急薬ってのは、捻じれた状態にもう一度同じ呪術を重ねて掛ける薬よ。だから厳密には治療薬じゃない」
「ん……と? つまりこういうことですの?」
私は再び腕を交差させ、もう一度だけ腕を交差させようとしました。痛いですわ。ヴァルト様の腕が太くて全く交差できませんけれど、これで一応はお互いの魂が元の位置に戻ります。
「カルミネ様、う、腕が攣りそうですわ!」
「そうそう。その腕と同じように、応急薬は魂に二重の負荷を掛けることになるのよ」
「魂に負荷……?」
ふと首を傾げると、執務室の隅で険しいお顔をしながら一人で両腕を捻っているヴァルト様が見えました。何ですのあの人、ちょっと可愛いではありませんの。いえ、まあそれは私の姿だからでしょうけどね!
「猫ちゃん聞いてるー?」
「あっ、ごめんなさい、何でしょう?」
「負荷の話。端的に言うと、元の体に戻ったら意識が飛びやすくなったり汗が出たり鼻づまりになったりするわよ」
「その副作用どこかで聞いたことがあるのですけれど……!?」
後になればなるほど症状が軽くなっていくのは何なんですの。というかその副作用は薬物ではかなり一般的なのでしょうか。全く分かりませんわ。
カルミネ様は私の困惑を他所に、応急薬を服用するにあたっての注意事項を述べられました。
「とにかく応急薬を飲んだら、猫ちゃんとヴァルトはあんまり離れない方が良いわ。互いの距離が遠いと、魂が戻ろうとする力も強まるからね」
応急薬の効き目はよくて半日。それ以上は精神に異常を来す可能性もあるとして、効果の持続時間はあらかじめ短めに設定してくださるそうです。
若々しい口調とは裏腹に懇切丁寧なカルミネ様の説明をお聞きして、私はひとつ頷きました。
ということは──多少のリスクはあれど、その応急薬を服用さえすれば、五日後の舞踏会は一先ず凌ぐことが出来るということですわね。
「あら? でもカルミネ様、それだと私がずっとヴァルト様のお傍にいなくてはならないのでは?」
「いたら良いじゃん。パートナーとして」
パートナー。
その手がありましたか。舞踏会は複数の殿方と踊ることが基本ですけれど、ヴァルト様と踊っていれば離れずに済みますわ。そうして三曲ほど踊って、誰かに誘われる前にヴァルト様のご多忙を理由に会場を後にしてしまえば──完璧ですわ!
「それならきっと上手く……あッ!? でもヴァルト様ってダンス踊れますの!?」
「貴女が入っている御身は原住民ではなくて一国の王子だと何度申し上げたら良いんですかね」
セイラム様から溜息交じりに咎められ、私は頬を掻きつつ部屋の隅っこを見遣りました。
するとちょうどヴァルト様と目が合い、その瞳が僅かに細められます。
「……ローレント嬢。応急薬を飲む前提で話してるが、お前は良いのか」
「え? 何がですの?」
「効力が弱いとは言え、体にもう一度呪術を掛けることになる。舞踏会が終わるまで応急薬が保つとも限らん」
「まぁ! 心配してくださっていますの? 大丈夫ですわ、それにここで欠席したらヴァルト様舐められてしまいますわよ! えぇもうぺろぺろ舐められますわ! ですから無理をしてでも出席すべきですっ」
「……そうか」
マクシム様がどんな御方か存じ上げませんけど、これ以上調子に乗らせてはいけませんわ。一時的と言えど私たちが元に戻っている姿を見せつけて、第二王子派を怯ませる絶好の機会でもあるのです。
副作用で意識が飛びやすいというのは、まぁ少し怖いですけど──ヴァルト様と一緒にいれば多少は防ぐことも出来ますでしょうし。
「カルミネ様、応急薬をどうかよろしくお願いしますわ!」
「そ、りょーかい。じゃあ」
私たちのやり取りを眺めていたカルミネ様は、にこりと笑って片手を差し出しました。
「二人の髪の毛を数本ちょうだい。薬を作るのに必要なの」
「うわ、急に胡散臭くなりましたわっ」
「こそこそ知らない間に採取されるより、正面からお願いされた方がまだマシってもんよ」
さらりと恐ろしいことを言われましたわ。でも既に私、そうやって作られた薬を飲まされて体が入れ替わったわけで──気味が悪いのであまり考えないようにいたしましょう。
その後カルミネ様は、私とヴァルト様の髪の毛と見慣れない薬草や粉を乳鉢に入れたのでした。
「あたしの右肩がヴァルトの魂、左肩が猫ちゃんだとしようか。握りこぶしが二人の体ね」
カルミネ様は伸ばした腕を交差させ、握りこぶしを軽く振りました。言わばこれが私たちの「今の状態」だというのです。
精神の根っこは元の体に引っ付いたまま、呪術によって魂と肉体の道筋が強制的に捻じ曲げられているとか。
「そんで、この交差した状態を真っ直ぐに戻す薬が必要ってわけ。それは分かる?」
「は、はい」
カルミネ様の真似をして、私は交差させた両腕を解き真っ直ぐに伸ばしました。この正常な状態に戻すための薬が、作るのに少々の時間を要するのですわね。
「さっき提案した応急薬ってのは、捻じれた状態にもう一度同じ呪術を重ねて掛ける薬よ。だから厳密には治療薬じゃない」
「ん……と? つまりこういうことですの?」
私は再び腕を交差させ、もう一度だけ腕を交差させようとしました。痛いですわ。ヴァルト様の腕が太くて全く交差できませんけれど、これで一応はお互いの魂が元の位置に戻ります。
「カルミネ様、う、腕が攣りそうですわ!」
「そうそう。その腕と同じように、応急薬は魂に二重の負荷を掛けることになるのよ」
「魂に負荷……?」
ふと首を傾げると、執務室の隅で険しいお顔をしながら一人で両腕を捻っているヴァルト様が見えました。何ですのあの人、ちょっと可愛いではありませんの。いえ、まあそれは私の姿だからでしょうけどね!
「猫ちゃん聞いてるー?」
「あっ、ごめんなさい、何でしょう?」
「負荷の話。端的に言うと、元の体に戻ったら意識が飛びやすくなったり汗が出たり鼻づまりになったりするわよ」
「その副作用どこかで聞いたことがあるのですけれど……!?」
後になればなるほど症状が軽くなっていくのは何なんですの。というかその副作用は薬物ではかなり一般的なのでしょうか。全く分かりませんわ。
カルミネ様は私の困惑を他所に、応急薬を服用するにあたっての注意事項を述べられました。
「とにかく応急薬を飲んだら、猫ちゃんとヴァルトはあんまり離れない方が良いわ。互いの距離が遠いと、魂が戻ろうとする力も強まるからね」
応急薬の効き目はよくて半日。それ以上は精神に異常を来す可能性もあるとして、効果の持続時間はあらかじめ短めに設定してくださるそうです。
若々しい口調とは裏腹に懇切丁寧なカルミネ様の説明をお聞きして、私はひとつ頷きました。
ということは──多少のリスクはあれど、その応急薬を服用さえすれば、五日後の舞踏会は一先ず凌ぐことが出来るということですわね。
「あら? でもカルミネ様、それだと私がずっとヴァルト様のお傍にいなくてはならないのでは?」
「いたら良いじゃん。パートナーとして」
パートナー。
その手がありましたか。舞踏会は複数の殿方と踊ることが基本ですけれど、ヴァルト様と踊っていれば離れずに済みますわ。そうして三曲ほど踊って、誰かに誘われる前にヴァルト様のご多忙を理由に会場を後にしてしまえば──完璧ですわ!
「それならきっと上手く……あッ!? でもヴァルト様ってダンス踊れますの!?」
「貴女が入っている御身は原住民ではなくて一国の王子だと何度申し上げたら良いんですかね」
セイラム様から溜息交じりに咎められ、私は頬を掻きつつ部屋の隅っこを見遣りました。
するとちょうどヴァルト様と目が合い、その瞳が僅かに細められます。
「……ローレント嬢。応急薬を飲む前提で話してるが、お前は良いのか」
「え? 何がですの?」
「効力が弱いとは言え、体にもう一度呪術を掛けることになる。舞踏会が終わるまで応急薬が保つとも限らん」
「まぁ! 心配してくださっていますの? 大丈夫ですわ、それにここで欠席したらヴァルト様舐められてしまいますわよ! えぇもうぺろぺろ舐められますわ! ですから無理をしてでも出席すべきですっ」
「……そうか」
マクシム様がどんな御方か存じ上げませんけど、これ以上調子に乗らせてはいけませんわ。一時的と言えど私たちが元に戻っている姿を見せつけて、第二王子派を怯ませる絶好の機会でもあるのです。
副作用で意識が飛びやすいというのは、まぁ少し怖いですけど──ヴァルト様と一緒にいれば多少は防ぐことも出来ますでしょうし。
「カルミネ様、応急薬をどうかよろしくお願いしますわ!」
「そ、りょーかい。じゃあ」
私たちのやり取りを眺めていたカルミネ様は、にこりと笑って片手を差し出しました。
「二人の髪の毛を数本ちょうだい。薬を作るのに必要なの」
「うわ、急に胡散臭くなりましたわっ」
「こそこそ知らない間に採取されるより、正面からお願いされた方がまだマシってもんよ」
さらりと恐ろしいことを言われましたわ。でも既に私、そうやって作られた薬を飲まされて体が入れ替わったわけで──気味が悪いのであまり考えないようにいたしましょう。
その後カルミネ様は、私とヴァルト様の髪の毛と見慣れない薬草や粉を乳鉢に入れたのでした。