目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
「……ねぇヴァルト様? マクシム様って、何故そうまでして立太子の儀を阻もうとするのです?」

 カルミネ様に応急薬を作っていただいている間、私は執務室の隅へと向かいました。
 無言で柔軟運動をしていたヴァルト様は、私をちらりと見上げてはゆっくりと息を吐きました。

「あ、ごめんなさい。無理にお話しする必要は」
「いや。俺にドッザの血が流れてるからだろう」
「……ドッザって……え? カルミネ様と同じ……?」

 そういえばヴァルト様もカルミネ様も、健康的な小麦色の肌をしております。単なる偶然かと思っていましたが、どうやら出身地に起因していたようですわね。

「ああ、カルミネは母上の友人だ。ああ見えてもう四十か五十は超えてる」
「えッ!? し、四十!?」

 何かの間違いではありませんの!?
 そう思ってソファを振り返ってみると、私たちの話を聞いていたのか、カルミネ様がこちらを見て妖艶なウィンクを飛ばしてきました。あれが四十代なんて嘘ですわ。一般的な四十代は「マジ勘弁~」なんて言わないですわ。
 いえ、でも呪術師は美容の薬も作ると聞きますし……恐ろしいですわね、呪術師……。
 私が思わずごくりと唾を呑み込む傍ら、ヴァルト様は伸ばした両脚に上体を伏せながら語られました。

「……元々は、マクシムの母親が王妃になる予定だったんだと。そこに母上がやって来てはあっさりと陛下の寵愛を受け、あの女は第二夫人に留まった」
「あ……」
「ドッザの血が王家に相応しくないという反対を押し切り、陛下は母上を正妻にした。そうして生まれたのが俺だ」

 陛下は王妃殿下をいたく溺愛しておられたそうで、それがまた第二夫人の怒りと妬みを呼んだのだろうとヴァルト様は仰いました。
 それでも王妃殿下が亡くなられた後、第二夫人がそのまま王妃の座に就くかと思われたのですが──現状として、陛下は第二夫人との間に御子を儲けながらも、彼女を正妻としては認めておられません。

「ということは……マクシム様とは腹違いの御兄弟なのですね」
「一応な。向こうは俺を仇敵とでも思ってそうだが」

 第二夫人が幸運に恵まれ男児を生んでも、既にそこにはヴァルト様がいらっしゃった。陛下が唯一、心の底から愛した王妃の忘れ形見が。
 数年前にヴァルト様が王太子の資格を与えられて以降、第二夫人は次第に心を病み、今は生家である公爵家で寝たきりだとか。そして息子のマクシム様がお見舞いに訪れるたび、こう呼びかけるのです。

 ──「王太子殿下」と。

 第二夫人は病床に伏しながら未だ王妃の座に取り憑かれ、自身が産み落とした子こそが王太子であると疑っていません。

「……そのことについては致し方ないと思う。哀れみもした。が……問題は第二夫人をだしに使い、マクシムを煽り立てた連中だな」
「ドッザの血を認めていない方々ですわね」
「ああ」

 大昔、ベルデナーレ王国を転覆させんとした世紀の大魔女も、ドッザの出身だったと言われています。私にしてみれば今や御伽噺も同然の話なのですけれど、ことさら王宮に関しては未だに差別や偏見を持つ者が少なくないようですわね。
 大方、王妃殿下とヴァルト様がその大魔女の末裔だからという理由で、マクシム様を王太子に推しているのでしょう。これで大体の事情は把握できました。

「でもヴァルト様は陛下から王太子にご指名されたのに……今更、外野がやいのやいの騒ぎ立てても仕方ありませんわ」
「だからこそ何度も俺を始末しようとしてきた。今は手法を変えたようだが」

 ああそれはきっとヴァルト様が暗殺者など小指で弾いてしまえるほどの化け物になってしまわれたからでしょうねと、私はちょっと第二王子派に同情してしまいました。
 いえもしかして、何度も刺客を差し向けられたことでここまでムキムキに育ってしまったのかしら。だとしたら第二王子派の方々、自らヴァルト様を逞しく育ててしまったことになりますけれど。とんだ大誤算ですわね。
 私がどうでもよいことを考えていると、柔軟を終えたヴァルト様が足を崩してこちらに向き直りました。

「陛下が何故第二夫人を王妃に据えなかったのか、息子を見れば分かるぞ」
「え? マクシム様ですか?」
「あれに国を任せたらベルデナーレが終わりそうだからな」
「どぇ……」

 恐ろしい発言につい変な声が出ましたわ。
 ですがヴァルト様がここまで仰るなんて、マクシム様は一体どのような方なのでしょうか。私はてっきり、ヴァルト様の弟なのですから同じゴリラかと思っていたのですけれど。
 ううん。知りたいような、知りたくないような。
 不思議なことに、ヴァルト様のお話はよく耳にしたのですけれど、マクシム様のお話はあまり聞いたことがありません。
 五日後の舞踏会でお会いすることになるのでしょうが、今から少し怖くなってきましたわ。

「……今更だが、面倒事に巻き込んで悪いな」

 ふと、ヴァルト様が小さく謝罪の言葉を口にされました。私はぱちぱちとまばたきを繰り返しつつも、すぐに笑顔を浮かべたのでした。

「いいえ! もしかしたら私も何か恨みを買って巻き込まれたのかもしれませんし、お互い様ですわ!」
「何だ。お前は愛された経験しかないんじゃなかったのか」
「細かいこと覚えてんじゃねーですわ!!」

< 19 / 48 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop